急に後ろから声がした。
すずが振り向くと、すぐそばに史歩が立っていた。
「あ〜…」
すずは笑って誤魔化そうとした。
「おはよう。加藤さん、悪いんだけど、クリーニング済みのテーブルクロス、一階の総合受付に届いているはずだから取りに行ってくれる?」
理香がいうと、史歩は
「はーい」
と言って踵を返してラウンジを出て行った。
(史歩に聞かれた……)
すずは苦々しく思った。
しばらくして、一抱えもあるテーブルクロスの束を持って帰ってきた史歩は、理香がもういないと知ると、カウンターの上にドサッと乱暴に置いた。
「なんで私が行くのかなあ?
矢崎ちゃんでいいのに」
史歩は機嫌悪そうに言った。
グラスを磨いていた矢崎が振り返り、不安そうな顔をした。
「ごめんね。私が行けば良かったね」
すずは笑顔で言った。
つられるように、矢崎もホッとしたような笑顔を見せた。
渡辺は、史歩を岸山恵のあとのサブ・リーダーにするといったのに、なかなかそうしなかった。
そのせいか、史歩は時々不機嫌になり、矢崎や大人しい同僚にあたることがあった。
その日、史歩が宮古島のことをすずに訊くことはなく、すずは胸を撫で下ろした。