「俺はA型だから」
それが口癖で、コンパニオンの弁当の置き方、トレイの持ち方、結構細かいところまで見ていて、時々それを口にする。
それは、渡辺の立場からすれば、
指導なのだ。
すずは
「給仕したあと、空いたトレイをぶんぶん振って歩くのやめて」と言われた。
一度だけ、すずは渡辺の妻と会ったことがあった。
渡辺の妻は、夫が家に置き忘れた仕事の手帳を会社に届けにきた。
彼女はラウンジに来て、すずに手帳を託した。
「うちの主人、細かくて嫌になるでしょう?私も時々、キレそうになるの」
そう言って渡辺の妻は、柔らかく微笑んだ。色白で丸顔の可愛らしい女性だった。
「この人とは友達になれそう…」
すずはそう感じた。
渡辺は嫌味がない男だった。
誰かが体調が悪いときには、
「無理しなくていいよ」
といってくれ、会社の医務室から
薬をもらってきてくれたりする。
愚痴めいた話でも真面目に聞いてくれて、贔屓も一切しなかった。
だから、渡辺はコンパニオンたちから
とても信頼されていた。

