「私に言わせれば、あなたの方がよっぽどイレギュラーよ」

「ははっ、冗談」


 透き通る水のように心地良いソプラノが、頬に浅い傷の走った青年の顔を綻ばせる。


 先刻命を狙われた者の反応としては、些か歪んだものだった。
 止むを得ない状況だったとは言え、この男は余りそう言った事に目くじらを立てない性格らしい。が、藍色の瞳だけは、いかにも釈然としないと言うように、疑問の霧に包まれている。


「なあ、さっきのアレ。何をしたんだ?」

「……知り合いでも無いようなあなたに、教える義理は無いわ」


 薄桃色の柔らかい唇が、小さな声でそう呟いた。ほぼ密閉空間の部屋では、その呟きさえ青年には聞き取れる。
 それもそうだが……と唸ったと思うと、すぐに切り返した。


「俺は『神崎氷衣(カンザキ ヒョウイ)』。あんたは?」

「…………」

「おいおい、だんまりは止めてくれ。こっちから名乗ったのにそれは無いだろ」


 そんな氷衣の声に、少女の瞳はゆっくりと、青年の姿をなぞり上げる。
 興味の灯火が瞳の中で揺らいでいた。


「あなた、アジア系?」

「あ、ああ。日本から来た」

「そう……私は『イリス・スノーブル』。北のディクゼリアという国出身よ」