「おはよーございまぁす」

2年C組から程近い、第2保健室の扉を開ける。


「いらっしゃい…って、どうしたのそれ!」


養護教諭の鳥井先生が、目を丸くした。


「廊下で転んでアゴ打ちました」


「えぇっ、大変じゃない!すぐに消毒しないと」


バタバタと包帯や消毒薬の入った戸棚に向かう鳥井先生は、30代のキレイめ女性。


我が心学社学園の校舎は無駄に広く、生徒数もバカみたいに多い。


そのため我が校には保健室も3部屋ある。その中でも2年部の教室に一番近い第2保健室は担当の鳥井先生が優しいため、しばしば“バカ席”の生徒たちのたまり場になる。



今日はまだ時間が早いからか、俺と先生以外誰もいないけれど。



「ホラ、消毒するからそこ座って」



言われるままに用意された椅子に座る。



「しみるよ、我慢してね」

「うっ…」


鳥井先生は、消毒薬を染み込ませたガーゼを、俺のアゴにベタリと押し付けた。


「いっ…いででで!」


「しみるって言ったじゃない」


「いっ、言いましたけど」


「もう血は止まってるみたいね。こんなケガしてまでHR間に合わせたかったの?」



そう言いながら、鳥井先生は乾いたガーゼを傷口にマスキングテープで貼り付けてくれた。



「遅刻日数が多すぎて進級出来ないかもしれないんですよ」


「あらあら、大変ね。1限どうする?サボる?」


そんなセリフ、先生が吐いていいのか。生徒寄りの思考回路を持ってるあたりが、人気の秘密なのかな。


「サボるなら“血が止まらないので”とでも私が言っとくわよ」


「いえ、せっかくですけどHR終わったら教室戻ります」


「そう?偉いわね。遠慮しなくていいのに」


ニコリと笑って見せた鳥井先生は、ちょっと子供っぽくて可愛らしかった。


「じきテストなんで、授業休みたくないんです」


「ヘェ。席どこ?」


「“最バカ”ですが」


「そうなんだ。次から本気出すってワケね?」



消毒薬を戸棚に戻しながら、先生は興味ありげに尋ねてきた。


「笑われると思ってました」

「笑わないわよ」



そう言って微笑む鳥井先生を見て、先生が“バカ席”の連中に人気な理由が少し分かった気がした。