梅雨時。
雨降り。
濡れた廊下。



一分一秒を争う非常事態。風のように階段を駆け上がった俺の前に立ちはだかるのは、尋常じゃないほど滑りやすい2年部の廊下。



全長200メートル(推定)の距離を駆け出そうと、勢いよく出した一歩目。



「うおっ!?」



ツルンとマンガのように滑った俺の体は、空中で1回転。



「がっ…!」



鈍い音を響かせて、アゴを思い切り床に打ち付ける。


「……!……!!」



上のエクスクラメーションマークと3点リーダは、もちろん俺の言葉─いや、言葉ではないんだが。



いわゆる“悶絶”ってやつだ。声にならない声、と言えば、なにやら歌の歌詞にでもありそうな表現だけど。



「く…諦めてたまるかっ」



何とか立ち上がった俺は、揺れる視界のなか、再び床を蹴ってスピードに乗る。


陸上部顔負けのフォームで廊下を駆け抜け、C組の扉をガラッと開ける。



開けた瞬間、クラスが一瞬ざわついた。



「ハァ…ギリギリ…」



そう呟いた矢先、ちょうど始業のチャイムが鳴り響く。



「…日比野」


担任の稲垣が、苦虫を噛み潰したような顔で俺を見ている。


「ギリギリセーフでしょ!」

「それは良いが…アゴ打ったのか?」

「…え」


言われてアゴをさすると、なるほど先程クラスがざわついた意味が分かった。


さすった手に、嫌ァな感触。


「これは…見事な流血」

「ばか、感心してないで保健室行ってこい!」


稲垣が困惑気味に怒鳴った。多分ハタ目には相当刺激的な絵ヅラになっているんだろうな。



「せっかく間に合ったのに」

「そんな血まみれの顔でHRを受けられてはこっちがたまらん」


「ちょっとは心配して下さいよ、冷たいな」


「それだけ減らず口が叩ければ大丈夫だろ。血だけ止めてもらって来い」



“早くHR始めさせろ”オーラが体からにじみ出てるぞ。こっちはHRに間に合うために走って、転んで、流血してるっていうのに。



薄情な担任だよ、本当に。