「あっ、すみません。次移動教室なんで」



無理やり話を終わらせて、俺は東條さんの方を見た。



東條さんはわずかに首をかしげて俺を見返す。ごめん、それ、なんの合図?



「さ、行こう東條さん」



職員室の出入口を指さして、東條さんに提案する。怖がらせないように細心の注意を払って。ちょっと声が大きいだけでも、彼女の場合は即座に心の壁を作ってしまいかねない。



数秒のタイムラグを挟んでコクンとうなずいた東條さんは、長めのスカートをヒラリと翻し、トコトコと小走りで扉へ向かう。相変わらず動きがコミカルで可愛らしい。



「それじゃあ、また来週の昼休みに」



「あっ…ちょっ…」



呼び止めようとした石川を思いっきりシカトして、俺も早足で職員室を後にした。



扉を開けて廊下に出ると、東條さんは律儀にも俺が来るのを待っていてくれた。



ただし窓側の壁にもたれて、視線を床に落としたまま。もちろん俺が来ても顔をあげたりすることはなく、ただただうつむいて無言を貫いている。ちょっとだけ頬を赤らめて。



並の生徒ならその可愛さに卒倒しているよ。



「教室もどろうか」



俺がそう声をかけると、東條さんはうつむいたまま視線をチラリとこちらに向けて、すぐにまた慌てたように床に戻した。



「…次は移動教室じゃなかったと思う」

「あれ、そうだっけ?」

「…次は数学」



知ってるんだけどね。移動教室って言った方がすんなり解放してくれそうじゃないか。



「…日比野くん、この前も来てくれた」



消え入るような声で、東條さんが言った。



「今日も来てくれた。どうして?」



「東條さんはクラスメイトだから。そりゃあ助けるさ」



「……」



考え込むように黙ってしまった東條さん。この子と会話するのは本当に大変だな。家でもこんな感じなのかな。



「と、とにかく教室戻ろう。5限までもう後2分もないよ」



俺がそういうと、東條さんはまた顔をぴょこっと上げて、俺の顔を見てコクリとうなずいた。



廊下を並んで歩く“クラス首席”と“最バカ”。昼休みと放課後の危険はとりあえず回避した。



さぁ、残りは最難関。



授業中の彼女の護衛だ。