とはいえ表面上からは欠片も読み取れない冷戦状態のまま、個人指導は5限開始5分前の予鈴で終了となった。



「ハイ、今日の宿題ねェ。週明けの昼休みに出しに来なさいね」



そう言うと石川は、俺が先日大苦戦した反省文と、そう変わらない分厚さのプリントの束を東條さんに手渡した。



「そっ…そんなに?」



思わず口を挟む俺。俺の時はただの原稿用紙12枚だったけれど、東條さんの場合はそれと変わらない枚数の“英語の問題”だ。これを普段の予習と宿題と、週末課題とは別にやるって言うのか?



「…土日挟んでるし」



事も無げに答える東條さん。あァ、眩しいよ東條さん。そして可愛いよ!



こんな真面目で健気で勉強家で無口で可愛らしい女の子にセクハラを働くこの石川とかいうヅラ野郎は、そうだな。社会のゴミという例えがぴったりだ。



「あ、俺もまた来ていいですか」


「な、なに?」


唐突に切り出した俺に、石川が動揺した口調で聞き返した。



一言言っとくぞ。東條さんはお前だけの私物じゃない。みんなの東條さんだ!



「石川先生の説明が分かりやすかったので、今後もご指導願いたいんですよ」



心にもない薄っぺらい台詞をスラスラと吐くと、石川はまたも「むぅ…」っと口ごもった。



「そう言ってもらえるのは嬉しいんだがねェ」



悩んだように言葉を濁す石川から、不覚にも本心からの嬉しさを感じ取ってしまう。



もともと人気ではない…むしろ不人気の最先端をゆく石川にとっては、たとえ相手が男子であっても“説明が分かりやすい”だの“今後もご指導願いたい”だのという言葉には、あまり免疫がないのかもしれないな。



「正直、君の学力に見合う教材は我が校に置いていないんだよねェ」



だろうな。自分で言うのもなんだが、俺の学力パラメーターは中1あたりで成長の限界がきているんだ。



「今日みたいな感じで説明聞かせて頂くだけで構いませんよ」



「しかしだねェ…」



気まずそうに語尾を濁らせながら、チラっと東條さんに視線を向けた石川を、俺は見逃さなかった。



“東條くんが迷惑かもしれないなァ”
ではなく
“東條くんとのふたりきりの時間が減ってしまうなァ”
って顔だ。



俺の目は誤魔化せないぞ。