「おはよう大吾」

「おう」


永野啓一は、いつものように人畜無害な笑みを顔に貼り付けている。この余裕な感じがコイツの持ち味なのだが、男ウケしない雰囲気だな。俺は嫌いじゃないが。



「あのまま頭蓋骨を踏み砕かれれば良かったのに」



「悪かったな。お陰さまで五体満足だよ」



泉アリサの小言は華麗にスルー。彼女なりの挨拶なのだ。



“おはよう。今日も先生に怒られて大変だったわね”くらいにセリフを脳内変換させてもらおう。



「アリサ、東條さんと喋ったことあるか?」


「なんでよ」


「別に。聞いてみただけだけど」


「そういえば無いわね。ていうか無口なのよ、あの子」


どうでも良さそうな口調で返答をよこしたアリサは、啓一が食べようとしていたガムを一粒ひょいと取って口に入れた。



「あ、ちょっと。最後の一粒だったのに」



「女々しいコト言わないの」



ちなみに教室が広いため、担任の稲垣にはアリサや啓一がガムを食べたりしている光景は見えづらいようだ。全く気付いた素振りもなくHRを続けている。



「アンタ、さゆみに手を出そうなんていうおこがましいコト、考えてるんじゃないでしょうね」



ガムをもしゃもしゃと噛みながら、アリサが俺をじろりとにらんだ。殺気十分。人をにらみ殺せそうだな、コイツ。



「とんでもない。逆さ。東條さんを石川の魔の手から守ってやろうと思ってる」


「石川って、学年主任の?」


啓一が横から口を挟んだ。


「あァ。何やら女子生徒にいかがわしい行為を働くのが趣味らしくてな」


「ずいぶん悪趣味ね。あたし、石川は大吾より嫌いよ。大吾より死ねばいいと思ってるわ」


「…お前はどっちの味方だ、アリサ」


「あんたの敵なのは間違いないわね」


「…まァ、うすうす感じてたよ」



口の減らないヤツだな。何でまた俺にばっかり突っ掛かって来やがるんだろうな?ツンデレってやつか、いま流行りの。


イヤ、あいつにそんな萌え系の要素なんざ皆無だ。


そもそも“デレ”の描写が一切ないからな。


「とにかく、さゆみに変なことしちゃだめだから。通報して退学させるわよ」


「しないって。妬いてんの?」


「殺すわよ、今すぐ」


「…冗談だ、忘れてくれ」