「一号と、二号、文言(モンゴン)が、ちょっと違う」



…自分の生徒手帳を胸ポケットから取り出して、もう一度確認してみる。



「“第一号・主要試験において、クラス内最低得点者の席は、最後列の最も廊下側の席とする”」



「“第二号・主要試験において、クラス内最高得点者は、最前列の最も窓側の席に座ることができる”」



「あ…ホントだ」



“最バカ”は、
最後列の廊下側に
「座らなければならない」。



“クラス首席”は、
最前列の窓側の席に
「座ることができる」。



つまり。



“最バカ”の席は強制だけど、“クラス首席”は座るも座らないも自由っていう書き方だ。



「座ることができる」っていうことは、同時に「座らなくてもいい」ってことも意味してるからな。



反対解釈ってやつだ。一号と二号で書き方を区別してるのも、強制の有無を念頭に置いてるってコト。



それに続く条文を読んでも、“席は成績順とする”なんつー規定はどこにもない。



つまり、実際に校則として規定されてるのは、


1.“最バカ”は絶対最後列の廊下側。


2.“クラス首席”は、他の生徒に優先して、最前列の窓際に座る権利を持つ。



この2点だ。



「…稲垣先生に相談したら、好きな席に座っていい、って」



小さな声で、東條さんが続ける。



「だから…」



どんどん声が小さくなる。



「日比野、くん、の…」



東條さんの芸術的な横顔。
可愛らしい唇が、小さく震えた。



「日比野くんの……隣、が、いいです、って」






心臓が、
ドクンと鼓動を鳴らした。



「…東條さん」



俺も小さな声で、話しかけた。



東條さんが、俺に振り向く。



大きな2つの黒真珠が、俺の顔に向けられた。






最低の手段で、東條さんの隣に座ろうとした俺に、



彼女は、心を開いてくれた。
ちょっとだけ。



頼ってくれた。
少しだけ。



彼女の気持ちに応えたい。
できるだけ。



心臓の鼓動に後押しされて、口を開く。



「任せて。守るよ、絶対に」



東條さんは、目を丸くして、



ちょっと顔を赤らめて。



うつむいて。



…ゆっくりと顔をあげて。



「…ありがとう」



初めて、
うっすらと、
微笑んだ。