先を急ごうとした時、子どもの手の感触がないことに気がついた。
つい今しがたまで一緒にいたのに、どこで手を離してしまったのかしら? 子どもを連れて帰らなければ、駄賃ももらえない。一刻も早く捜さなければ。だけど、振り返ってはいけないのなら、後戻りなど許されるはずもない。そんなことをしようものなら、天神様のお怒りに触れるに違いない。さて、どうしたものかしら?
女の脳裏をそんな思考が駆け巡った。
次の瞬間、神域の静寂を破る悲鳴が響き渡った。
「ぎゃあああ――っ!」
女はなりふり構わず一目散に駆け出した。
鳥居の外に出た時、ぜいぜいと荒い息の下で呟く。
「忌中に参るべきではなかったのかしら? 葬儀も出していないのに、喪に服さなければならないのかしら?」
菰に包まれた赤ん坊が、女からそれほど離れていない地面の少し上に浮いていた。真っ赤な目でこちらを凝視していたが、もう振り向こうとはしない女には知る術もなかった。
長い眠りから覚めた時のような気だるさがして、由理阿はぼんやりと辺りを見回していた。
元の地下道が広がっていた。神社も何もかも消えていた。
一体今見たことは何だったのかしら?
幻覚にしてはあまりにも現実味を帯びている。子どもの手を握っていた時の感触が、まだ冷たさを残して手の中にある。その時初めて、自分が第三者の視点から目撃していただけではなく、女の体を通して追体験していたことに気がついた。
もしかして、これが、沙羅の言っていた、記憶から消し去ってしまいたい体験なの? もしかして、この女って、前世の自分だったりして------。
それにしても、とうとうあの継ぎあてズボンにランニング一丁の男の子とその母親の名前を突き止めることができた。
しばしその場に立ち尽くすと、由理阿は少し足を引きずりながら、よろよろと改札口に向かって歩き出した。
4つあるバス乗り場のどれもが地下へ通じていて、幅広い地下道はファッションビルと電車の駅を繋いでいる。ファッションや化粧品、レストランなどの店舗が並び、常に人通りが絶えることがない。でも、すっかり夜も更け、飲食店も閉店し、人影もまばらだ。
カーン、カン、カン、カン。薄暗い地下道に由理阿のミュールが甲高い音を響き渡らせていた。
つい今しがたまで一緒にいたのに、どこで手を離してしまったのかしら? 子どもを連れて帰らなければ、駄賃ももらえない。一刻も早く捜さなければ。だけど、振り返ってはいけないのなら、後戻りなど許されるはずもない。そんなことをしようものなら、天神様のお怒りに触れるに違いない。さて、どうしたものかしら?
女の脳裏をそんな思考が駆け巡った。
次の瞬間、神域の静寂を破る悲鳴が響き渡った。
「ぎゃあああ――っ!」
女はなりふり構わず一目散に駆け出した。
鳥居の外に出た時、ぜいぜいと荒い息の下で呟く。
「忌中に参るべきではなかったのかしら? 葬儀も出していないのに、喪に服さなければならないのかしら?」
菰に包まれた赤ん坊が、女からそれほど離れていない地面の少し上に浮いていた。真っ赤な目でこちらを凝視していたが、もう振り向こうとはしない女には知る術もなかった。
長い眠りから覚めた時のような気だるさがして、由理阿はぼんやりと辺りを見回していた。
元の地下道が広がっていた。神社も何もかも消えていた。
一体今見たことは何だったのかしら?
幻覚にしてはあまりにも現実味を帯びている。子どもの手を握っていた時の感触が、まだ冷たさを残して手の中にある。その時初めて、自分が第三者の視点から目撃していただけではなく、女の体を通して追体験していたことに気がついた。
もしかして、これが、沙羅の言っていた、記憶から消し去ってしまいたい体験なの? もしかして、この女って、前世の自分だったりして------。
それにしても、とうとうあの継ぎあてズボンにランニング一丁の男の子とその母親の名前を突き止めることができた。
しばしその場に立ち尽くすと、由理阿は少し足を引きずりながら、よろよろと改札口に向かって歩き出した。
4つあるバス乗り場のどれもが地下へ通じていて、幅広い地下道はファッションビルと電車の駅を繋いでいる。ファッションや化粧品、レストランなどの店舗が並び、常に人通りが絶えることがない。でも、すっかり夜も更け、飲食店も閉店し、人影もまばらだ。
カーン、カン、カン、カン。薄暗い地下道に由理阿のミュールが甲高い音を響き渡らせていた。

