良かったのか、悪かったのか、わたしは西条くんと同じクラスになった。出来るだけ何事もなかったように、そう、以前と同じように振舞っていたわたし。なのに、やっぱり、よく目が合った。ということは、わたしが彼を見ているだけでなく、彼もわたしを見ているということだ。ちょっとウヌボレ?
その日は、クラブの予算委員会があった。イハが部長。わたしはイハの強引な推薦で副部になったから、予算委員会には出ないわけにいかなかった。予算委員会は、各部で少ない生徒会費を取り合うことになるので、割と時間が長引く。終わったのは5時をだいぶ過ぎていた。写真部は、他の部からつつかれることなく、提出した予定通りの金額で決まりそうだった。あとは、生徒総会の承認だけ。イハもわたしもホッとしたところだった。教室の出口で
「じゃあね、お疲れー」
なんて言って、別れたら、廊下にあの、ピンクの封筒の主、西条くんに打ち明けちゃった女の子が立っていた。なんか重たい雰囲気があった。隣に、付き添いらしき子もいた。まさか、わたしを待っているとは思わなかった、こんな時間まで。
「あの、美里さんですよね」
スパッとした口調だった。
「わたし、2年C組の穂高めぐみです、ちょっとお話があるんです」
と、彼女は言った。きちっとしている系らしい。自己紹介なんかしちゃって。しばらく前に、この子と西条くんは、もう付き合ってないという噂を、誰かから聞いた。
「へー、どおして?」
って質問したら
「おとなしすぎて、話がとぎれがちだったって」。
そーか、そんな簡単なことでも壊れるのね。その子のこと、かわいそうだからって、無理して付き合ったりしないんだ。彼。で、別れて、その子が何の用?
「美里さん、ずっと前から西条さんと付き合っていたんですよね」
と、来た。わたしはなんかややこしそうな展開だな、って思って、ちょっと緊張した。
「いや、別に…」
答える義務ナイ、って雰囲気で言った。
「でも、いろいろな人から美里さんと西条さんは、去年からずっと付き合ってるって聞きました」
清楚で、おとなしめの彼女から、そんな風に強い口調で言われるとは思わなかった。わたしが黙っていると、付き添いの女子が
「この子、西条さんとうまくいかなくなっちゃたの、美里さんがいるからだって言うんです。美里さんが本命で、この子は…控えって言うか」
と言いだした。穂高めぐみは
「美里さんは、彼のこと、どう思っているんですか。いつまでもはっきりしないから、彼も、わたしの方、ちゃんと向いてくれないんです」
と、続けた。ありゃー。そう出るとは思わなかった。わたしは困惑した。一つ目。穂高めぐみが、ずばずばと、感情のままにものをいうタイプであったということ。二つ目。彼に対して、すごく情熱的だけれど、ちょっといやな情熱になっていること。三つ目、誤解を解くのはややこしいってこと。ちょっと感情を刺激されたけれど、一応上級生なので落ち着きも肝心。
「それ、言う相手、間違ってるよ。わたしじゃなくて、西条くんに直接話なよ」
わたしはもっと続けたかった。納得させるために。西条くんは友達で、仲はいいよ、向こうもそう思ってくれてると思う、みたいなこと、言おうとしたけれど…止めた。イハから前に忠告されたことを思い出した。友達って分類、分からない奴には分からないって。そこで付き添いが、
「本当に付き合ってないんですかあ?」
と、聞いてきた。
「西条くんに聞いてごらんよ。だいたい、西条くんがわたしと、あなた、二股かけるような人だと思う?」
わたしは冷たく突き放した。
「行こうよ、めぐ」
付き添いは、穂高めぐみの腕を引っ張った。彼女は、穂高に頼まれてここまで連れてこられたような感じで、少し面倒くさそうに言った。穂高めぐみの憎しみを含んだ視線が、わたしの心に突き刺さった。むっときた。なんでそこまでされなきゃいけないんだよ。
「彼があなたの方を向いてくれないのは、誰のせい?わたしのせい?」
と、思わず言ってしまった。周りにいた何人かが、こちらを振り返った。その様子に居心地を悪くした付き添いが
「行こうよ」
と、もう一度促すと、二人はその場から離れて行った。
こういうこともあるのか…。ちょっとした交通事故にでもあった、そんな気分だった。でも、ちょっと言い過ぎだったかな。わたしって怖かったかな。うううん。いいや、いいや、気にしない。わたしは気にしない。気にしないんだ。気にしてたまるもんか。
西条くんと彼女がどうなったのか、その後は知らないまま。二人で歩いているのを見ることもなかった。朝は、西条くんはたいがい一人で登校してきたし、帰りは男子たち2、3人で帰っているようだった。わたしたちは時折とりとめもない事をしゃべったりしていたが、去年のように一緒に行動することはなかった。「彼女と別れちゃったんなら、わたしとどう?付き合っちゃう?」なんてことは、口が裂けても西条くんには言えない。穂高めぐみがすっ飛んできて、そして「やっぱねー!」なんて、怖い顔して因縁つけるに違いない。
時は流れ、新年の目標は達成できないまま、次の年が来てしまった。わたしたち3年は進級や就職のことでバタバタした日が続いていた。わたしは希望していた看護学校が早々に決まり、西条くんも推薦で大学が決まった。まだ行く先が決まらず、焦ったり、悩んだりしている人が、大半を占めていたせいか、彼は暇そうにしているわたしに
「お気楽な美里さん!映画でも行こうか?」
と、やっぱり暇してる西条くんが声をかけてきた。
「お気楽で悪かったですね!!でも、わたしは受験で学校決まったんだよ、一応努力の末だよ」
「ハイハイ。美里さん、頑張りましたネ。偉い偉い」
彼はふざけて、わたしの前で両手をきらきらさせながら言った。
学校で顔を合わせる日は、もうそんなにない。だからかな、誘ってくれたのは。
「何の映画?」
っと、聞いた。
「そーだな。卒・業…なんてね」
「ええ?知らない。そんなの。昔の?」
「そう、六十年代のアメリカ映画、いい映画だぞ」
「1960年代ってこと?わあ、古ーい」
「なんだよ、いい映画は、古いとか、そういうのないいんだぜ。ローマの休日とか、ラ・マンチャの男とか、そういう昔の奴、名作っていうんだよ」
「や、それ、モノクロでしょ。古臭ーい」
「じゃあ、ショパンの子猫のワルツ、古臭いか?ベートーベンの宿命、古臭いか?」
もう、ボケボケで言ってくる彼。
「ちょっと、笑わせないでよ。小犬のワルツでしょ。運命でしょ!」
「なんだよ、美里と話してると、なんでこうバカやっちゃうんだろう。俺、美里と知り合う前までは寡黙な人で通っていたのに」
「ああ、そうですか、それは悪うございました。しかし、寡黙ねーふむふむ」
「俺、美里の影響で、性格変わっちゃったよ」
「それ、いい方に?悪い方に?」
「あ、やあ…スイマセン、前者でえーす、ハイ」
「よろしい」
わたしたちはまた笑った。
「卒業か、もう少しだね、試験が返って来て」
「3年生を送る会があって」
「成績表もらって」
「そして、卒業式…か」
「何を卒業するのかな」
と、彼が意味ありげに言うので
「幼い自分を卒業する!」。
わたしはそう自分で言ってから、急に恥ずかしくなった。
「なに、それ?」
彼は不思議そうな顔をして聞いた。
「わたしはずっと西条くんにウソをついていたんだ」
「なに?」
「本当は西条くんのこと、ずっと好きだったけれど、言えなかった」
「はあ?」
「言えたあ。ついに言えた。卒業だ。素直じゃない自分を、今日卒業!プライドばかりの自分も卒業。えーかっこしーの自分も。それから、勇気のない自分。臆病者の自分、うそつきの自分も、卒業!」。
わたしたちがしゃべっている4階の渡り廊下は人影もなく、やけに二人の声が響いた。そこの窓から、下校していく生徒たちや、部活に向かう、運動着姿の生徒たちが行き来をしているのを、二人並んで見下ろしていた。
「そんなに自分を責めるなよ」
彼が呆れた顔をして笑った。
「俺は…ずっと好きだったけれど」
と、こちらを向かずに、語尾をあげるように言った。そして、続けた。
「穂高さんのことがあって、ほら、図書館で相談した時も、俺、あの答えが、美里の本心って感じしなかったもん。でもいや、美里、今俺とそうなりたくないんだなって思って。無理強いするのは嫌だし」
彼は、自分の親指を立てて、胸を指しながら言った。
「ココが通じていればいいやって、きっと通じているって、なんかそんな気持ちだったんだ」
「ありがと」
わたしは救われた気がした。なんだかイイ。だって通じていたんだもん、わたしたち。友達だったけれど、通じていたんだ。
「でもあの子、穂高さん。傷ついていたよね。わたしの影がチラチラ見え隠れしているから、西条くんは自分を見てくれないって、言いに来たんだよ」
「へ?そんなことあったの?」
「あったよ、知らなかったの?」
「ごめん、知らなかった」
「彼女、そう言わなかった?」
「言わなかった。だってさ、時々一緒に帰ってくださいみたいなこと言われて、何回か一緒に帰ったりしたけれど、それだけで満足だったみたいだし。付き合うとか、そんな感じじゃなかったよ。本当に。そんな思いつめていたとは思えないなあ」
「そっか。じょうくん、もて系なのに自覚ないからなあ。あの時彼女、すごい剣幕で、わたし、三角関係のもつれで、刺されるのかと思ったよ」
「なーに言っちゃって」
「ところで映画、何観る?」
「だから、卒業を記念して、卒業だよ」
「やだ、そんなの映画館で今やってないじゃん」
「そっか。じゃあー、なににしよう…」
「えーと」
「そうだ、いいの思いついた」
「なに」
「卒業!」
「もう!しつこーい」
少しずつ傾き始めた太陽に、お願い、沈まないで、時間よ、止まって、と思いを告げながら、とりとめもないおしゃべりを続けていた。このままずっと、ずっと、こうしていたかった。告白、去年の目標。やっと今年になって到達したね。遅かったけれど。
~エピローグ~
「じゃあさ、駅の北口に、5時半。駅前、すっごく変ってるわよ。迷わないでね」
「分かった。何かあったら携帯するね」
電話の主は、21年前に同じ高校、同じクラスだった美保。しばらく前に、クラス会をやるからって、連絡が入った。5、6年前にもやったらしいが、わたしは欠席したから本当に久しぶり。駅で落ち合って一緒に行くことになった。
「あ、そうだ」
美保は付け加えた。
「じょうくん。参加だよ。幹事の絵里子から聞いてる」
「聞いてるって、あなた、わざわざ聞きだしたんでしょ」
「まあね。美里が知りたいだろうと思って」
「だって行けば分かるじゃん」
「でも、心の準備ってのがあると思って。あと、服装とか、化粧とか。エステ行っておいたら?」
「なによ、それ」
わたしたちはもう39歳だ。美保だって、絵里子だって、わたしだって家庭持ちのおばさんになっている。時間ってちょっと残酷だ。恋にはもう無縁。それなのに今だに、銀座で撮ってもらった変な顔の二人の写真、捨てられないんだよね。そして、ほんのちょっと…どきどきしている。
わたしと美保が会場に着いたのは時間を少し過ぎていた。古い友人というのは分かる人はすぐ分かるのだけれど、分からない人は名前を言われても、それでもわからない、それって失礼だったかしら。西条くんは、何人かの人と飲んでいた。ちょっと顔の感じ、変わったな、貫禄出たな、当時当たり前だった長髪、当然のことながら、今はさっぱりしちゃてるし。わたしのことなんか、まるで気にとめてない。ちらりと目を向けると、携帯から写真なんかみんなに見せている。子供のかな?
「6時半になったら全員そろうので、一人ずつ近況報告してもらいまーす」
と、幹事が言った。その前にわたしは西条くんを驚かせたかった。彼が席を移動した時を見計らって
「じょうくーん」
その日は、クラブの予算委員会があった。イハが部長。わたしはイハの強引な推薦で副部になったから、予算委員会には出ないわけにいかなかった。予算委員会は、各部で少ない生徒会費を取り合うことになるので、割と時間が長引く。終わったのは5時をだいぶ過ぎていた。写真部は、他の部からつつかれることなく、提出した予定通りの金額で決まりそうだった。あとは、生徒総会の承認だけ。イハもわたしもホッとしたところだった。教室の出口で
「じゃあね、お疲れー」
なんて言って、別れたら、廊下にあの、ピンクの封筒の主、西条くんに打ち明けちゃった女の子が立っていた。なんか重たい雰囲気があった。隣に、付き添いらしき子もいた。まさか、わたしを待っているとは思わなかった、こんな時間まで。
「あの、美里さんですよね」
スパッとした口調だった。
「わたし、2年C組の穂高めぐみです、ちょっとお話があるんです」
と、彼女は言った。きちっとしている系らしい。自己紹介なんかしちゃって。しばらく前に、この子と西条くんは、もう付き合ってないという噂を、誰かから聞いた。
「へー、どおして?」
って質問したら
「おとなしすぎて、話がとぎれがちだったって」。
そーか、そんな簡単なことでも壊れるのね。その子のこと、かわいそうだからって、無理して付き合ったりしないんだ。彼。で、別れて、その子が何の用?
「美里さん、ずっと前から西条さんと付き合っていたんですよね」
と、来た。わたしはなんかややこしそうな展開だな、って思って、ちょっと緊張した。
「いや、別に…」
答える義務ナイ、って雰囲気で言った。
「でも、いろいろな人から美里さんと西条さんは、去年からずっと付き合ってるって聞きました」
清楚で、おとなしめの彼女から、そんな風に強い口調で言われるとは思わなかった。わたしが黙っていると、付き添いの女子が
「この子、西条さんとうまくいかなくなっちゃたの、美里さんがいるからだって言うんです。美里さんが本命で、この子は…控えって言うか」
と言いだした。穂高めぐみは
「美里さんは、彼のこと、どう思っているんですか。いつまでもはっきりしないから、彼も、わたしの方、ちゃんと向いてくれないんです」
と、続けた。ありゃー。そう出るとは思わなかった。わたしは困惑した。一つ目。穂高めぐみが、ずばずばと、感情のままにものをいうタイプであったということ。二つ目。彼に対して、すごく情熱的だけれど、ちょっといやな情熱になっていること。三つ目、誤解を解くのはややこしいってこと。ちょっと感情を刺激されたけれど、一応上級生なので落ち着きも肝心。
「それ、言う相手、間違ってるよ。わたしじゃなくて、西条くんに直接話なよ」
わたしはもっと続けたかった。納得させるために。西条くんは友達で、仲はいいよ、向こうもそう思ってくれてると思う、みたいなこと、言おうとしたけれど…止めた。イハから前に忠告されたことを思い出した。友達って分類、分からない奴には分からないって。そこで付き添いが、
「本当に付き合ってないんですかあ?」
と、聞いてきた。
「西条くんに聞いてごらんよ。だいたい、西条くんがわたしと、あなた、二股かけるような人だと思う?」
わたしは冷たく突き放した。
「行こうよ、めぐ」
付き添いは、穂高めぐみの腕を引っ張った。彼女は、穂高に頼まれてここまで連れてこられたような感じで、少し面倒くさそうに言った。穂高めぐみの憎しみを含んだ視線が、わたしの心に突き刺さった。むっときた。なんでそこまでされなきゃいけないんだよ。
「彼があなたの方を向いてくれないのは、誰のせい?わたしのせい?」
と、思わず言ってしまった。周りにいた何人かが、こちらを振り返った。その様子に居心地を悪くした付き添いが
「行こうよ」
と、もう一度促すと、二人はその場から離れて行った。
こういうこともあるのか…。ちょっとした交通事故にでもあった、そんな気分だった。でも、ちょっと言い過ぎだったかな。わたしって怖かったかな。うううん。いいや、いいや、気にしない。わたしは気にしない。気にしないんだ。気にしてたまるもんか。
西条くんと彼女がどうなったのか、その後は知らないまま。二人で歩いているのを見ることもなかった。朝は、西条くんはたいがい一人で登校してきたし、帰りは男子たち2、3人で帰っているようだった。わたしたちは時折とりとめもない事をしゃべったりしていたが、去年のように一緒に行動することはなかった。「彼女と別れちゃったんなら、わたしとどう?付き合っちゃう?」なんてことは、口が裂けても西条くんには言えない。穂高めぐみがすっ飛んできて、そして「やっぱねー!」なんて、怖い顔して因縁つけるに違いない。
時は流れ、新年の目標は達成できないまま、次の年が来てしまった。わたしたち3年は進級や就職のことでバタバタした日が続いていた。わたしは希望していた看護学校が早々に決まり、西条くんも推薦で大学が決まった。まだ行く先が決まらず、焦ったり、悩んだりしている人が、大半を占めていたせいか、彼は暇そうにしているわたしに
「お気楽な美里さん!映画でも行こうか?」
と、やっぱり暇してる西条くんが声をかけてきた。
「お気楽で悪かったですね!!でも、わたしは受験で学校決まったんだよ、一応努力の末だよ」
「ハイハイ。美里さん、頑張りましたネ。偉い偉い」
彼はふざけて、わたしの前で両手をきらきらさせながら言った。
学校で顔を合わせる日は、もうそんなにない。だからかな、誘ってくれたのは。
「何の映画?」
っと、聞いた。
「そーだな。卒・業…なんてね」
「ええ?知らない。そんなの。昔の?」
「そう、六十年代のアメリカ映画、いい映画だぞ」
「1960年代ってこと?わあ、古ーい」
「なんだよ、いい映画は、古いとか、そういうのないいんだぜ。ローマの休日とか、ラ・マンチャの男とか、そういう昔の奴、名作っていうんだよ」
「や、それ、モノクロでしょ。古臭ーい」
「じゃあ、ショパンの子猫のワルツ、古臭いか?ベートーベンの宿命、古臭いか?」
もう、ボケボケで言ってくる彼。
「ちょっと、笑わせないでよ。小犬のワルツでしょ。運命でしょ!」
「なんだよ、美里と話してると、なんでこうバカやっちゃうんだろう。俺、美里と知り合う前までは寡黙な人で通っていたのに」
「ああ、そうですか、それは悪うございました。しかし、寡黙ねーふむふむ」
「俺、美里の影響で、性格変わっちゃったよ」
「それ、いい方に?悪い方に?」
「あ、やあ…スイマセン、前者でえーす、ハイ」
「よろしい」
わたしたちはまた笑った。
「卒業か、もう少しだね、試験が返って来て」
「3年生を送る会があって」
「成績表もらって」
「そして、卒業式…か」
「何を卒業するのかな」
と、彼が意味ありげに言うので
「幼い自分を卒業する!」。
わたしはそう自分で言ってから、急に恥ずかしくなった。
「なに、それ?」
彼は不思議そうな顔をして聞いた。
「わたしはずっと西条くんにウソをついていたんだ」
「なに?」
「本当は西条くんのこと、ずっと好きだったけれど、言えなかった」
「はあ?」
「言えたあ。ついに言えた。卒業だ。素直じゃない自分を、今日卒業!プライドばかりの自分も卒業。えーかっこしーの自分も。それから、勇気のない自分。臆病者の自分、うそつきの自分も、卒業!」。
わたしたちがしゃべっている4階の渡り廊下は人影もなく、やけに二人の声が響いた。そこの窓から、下校していく生徒たちや、部活に向かう、運動着姿の生徒たちが行き来をしているのを、二人並んで見下ろしていた。
「そんなに自分を責めるなよ」
彼が呆れた顔をして笑った。
「俺は…ずっと好きだったけれど」
と、こちらを向かずに、語尾をあげるように言った。そして、続けた。
「穂高さんのことがあって、ほら、図書館で相談した時も、俺、あの答えが、美里の本心って感じしなかったもん。でもいや、美里、今俺とそうなりたくないんだなって思って。無理強いするのは嫌だし」
彼は、自分の親指を立てて、胸を指しながら言った。
「ココが通じていればいいやって、きっと通じているって、なんかそんな気持ちだったんだ」
「ありがと」
わたしは救われた気がした。なんだかイイ。だって通じていたんだもん、わたしたち。友達だったけれど、通じていたんだ。
「でもあの子、穂高さん。傷ついていたよね。わたしの影がチラチラ見え隠れしているから、西条くんは自分を見てくれないって、言いに来たんだよ」
「へ?そんなことあったの?」
「あったよ、知らなかったの?」
「ごめん、知らなかった」
「彼女、そう言わなかった?」
「言わなかった。だってさ、時々一緒に帰ってくださいみたいなこと言われて、何回か一緒に帰ったりしたけれど、それだけで満足だったみたいだし。付き合うとか、そんな感じじゃなかったよ。本当に。そんな思いつめていたとは思えないなあ」
「そっか。じょうくん、もて系なのに自覚ないからなあ。あの時彼女、すごい剣幕で、わたし、三角関係のもつれで、刺されるのかと思ったよ」
「なーに言っちゃって」
「ところで映画、何観る?」
「だから、卒業を記念して、卒業だよ」
「やだ、そんなの映画館で今やってないじゃん」
「そっか。じゃあー、なににしよう…」
「えーと」
「そうだ、いいの思いついた」
「なに」
「卒業!」
「もう!しつこーい」
少しずつ傾き始めた太陽に、お願い、沈まないで、時間よ、止まって、と思いを告げながら、とりとめもないおしゃべりを続けていた。このままずっと、ずっと、こうしていたかった。告白、去年の目標。やっと今年になって到達したね。遅かったけれど。
~エピローグ~
「じゃあさ、駅の北口に、5時半。駅前、すっごく変ってるわよ。迷わないでね」
「分かった。何かあったら携帯するね」
電話の主は、21年前に同じ高校、同じクラスだった美保。しばらく前に、クラス会をやるからって、連絡が入った。5、6年前にもやったらしいが、わたしは欠席したから本当に久しぶり。駅で落ち合って一緒に行くことになった。
「あ、そうだ」
美保は付け加えた。
「じょうくん。参加だよ。幹事の絵里子から聞いてる」
「聞いてるって、あなた、わざわざ聞きだしたんでしょ」
「まあね。美里が知りたいだろうと思って」
「だって行けば分かるじゃん」
「でも、心の準備ってのがあると思って。あと、服装とか、化粧とか。エステ行っておいたら?」
「なによ、それ」
わたしたちはもう39歳だ。美保だって、絵里子だって、わたしだって家庭持ちのおばさんになっている。時間ってちょっと残酷だ。恋にはもう無縁。それなのに今だに、銀座で撮ってもらった変な顔の二人の写真、捨てられないんだよね。そして、ほんのちょっと…どきどきしている。
わたしと美保が会場に着いたのは時間を少し過ぎていた。古い友人というのは分かる人はすぐ分かるのだけれど、分からない人は名前を言われても、それでもわからない、それって失礼だったかしら。西条くんは、何人かの人と飲んでいた。ちょっと顔の感じ、変わったな、貫禄出たな、当時当たり前だった長髪、当然のことながら、今はさっぱりしちゃてるし。わたしのことなんか、まるで気にとめてない。ちらりと目を向けると、携帯から写真なんかみんなに見せている。子供のかな?
「6時半になったら全員そろうので、一人ずつ近況報告してもらいまーす」
と、幹事が言った。その前にわたしは西条くんを驚かせたかった。彼が席を移動した時を見計らって
「じょうくーん」
