じゃなけりゃ、臆病者のわたし、自分からは前に一歩も出られないんだ。



 カメラ店の前で、ポラロイドカメラのお試しのようなことをやっていた。
「無料でお撮りして差し上げてまーす」
はっぴ着て、鉢巻きしたお兄さんが、道行くカップルを呼び込んでいる。売り出されたばかりのカメラの宣伝だ。
「お、写真部!興味あるでしょ」
彼が言った。
「どうせそんなカメラ、買えないし」
と、本当に連れなく言っちゃうわたし。魅力ないよな。だけどそっちもそっちだよ。
「一緒に撮ろうよ」
ぐらい言って欲しかったなあ。はっぴのお兄さんが
「どうぞ、はい、どうぞ、こちらへ」
と、ほとんど強制的な感じでカメラを向けてきた。
「笑顔で、笑顔でね、お似合いですよー」
なんて、間抜けな声出して。わたしたちは1分か2分か、少し待って、その出来た写真を渡された。それは、笑顔の出なかったわたしが、ぷっと吹き出すほど、おかしな写真だった。彼の眼が正面を向いてないし、風で髪の毛がぼうっと立っているし。わたしはくしゃみでもしかかっているような、変な顔をしているし。お兄さんはしまったという顔をして
「あや、すみません。もう一枚撮りましょう」
と、言ってくれたけれど、わたしたちはなんだかおかしいのが先に立ち
「いや、いいです、いいです」
なんて、二人でみょうに意見が合って、それで逃げるようにその場を離れてしまった。なんだか照れちゃった二人…だったのだ。その写真、捨てるわけにもいかないし
「どうする?これ」
「どうしようか」
「美里、持ってなよ」
「西条くんにあげるよ」
「分かった、分かった。俺が持ってよう、魔除けとして飾っとこう」
「やーん。もう!じゃあ、わたしが持ってる」
わたしは西条くんの手から、写真を取り返した。




 それは、2学期も終わりに近づいたころだった。イハが、教室で話せばいいのに
「ちょっと…、ちょっと渡り廊下行こうぜ」
と言ってきた。渡り廊下は、南棟と、北棟をつないでいる、比較的人が通らない場所。イハが、ばつ悪そうに言った。
「お前らさ、最近仲いいじゃん」
西条くんのことだって、すぐに分かったが
「西条くん?」
と、わざと確かめるかのように言った。
「おう」
「でも、友達だよ」
と、できるだけフツーに答えた。
「本当かよ。それ以上の気持ちないのかよ」
「うん」
「わたしは、確信のある、はっきりした口調で言った。でも、心は全然確信ないし、あやふやそのものだった。(ごめん、イハ)
「あんさ、浜田なんだけれど。『美里、西条と付き合っているのかなあ』って俺に聞いてきたんだよ。俺もどう答えていいか。あいつ、西条がいなかったら、美里にアプローチするつもりで…」
わたしは、意外な、意外な話の展開を、うろたえながら聞いていた。こういう話になるんだったら、最初に西条くんとは友達、なんて言うんじゃなかった。ややこしくなった。西条くんのことがスッキリしない限り、浜ちゃんとも向き合えないよ。わたしは信頼できるイハにでさえ、「西条くんの気持ち、マジで聞きたいよ。いいなって思っても、空回りしちゃうし、自信ないし、告白してダメになったら、もう友達に戻れないし、どうしようか」
と、正直に聞けない。カッコつけてる自分がそこに見え隠れしている。今となっては、余計後戻りできない。
「浜田、あいつ、いい奴だよ。美里だって、けっこう浜田としゃべったりしてたし、ノリ合ってるし。文化祭の時だって、あのお化け屋敷の妖怪、二人でいいコンビだったぜ」
「うん、浜ちゃん、いいよね。ずっと友達でいたい」
「美里、それ、答えになってないよ。友達まででけこうですってこと?」
イハが真剣に言った。
「うーん。だってあんまり急で、考えてなかったんだもん」
「じゃ、考えてやれよ。今から。西条のこと、友達なんだろ、ってことは、浜田にも可能性あるんだろ。それとも全然?」
「…」
「ま、いいよ、俺に告白しなくても。でも、浜田にはちゃんと答えてやれよ」
「うん…」
「なんだよ、そんな堅苦しく考えるなよ、今決まった奴いないんだったら、とりあえず付き合ってみたって…」
「えー?とりあえずって、それ、変じゃない…」
「変?だって、別に結婚してくれって言ってるわけじゃないいんだし」
「そりゃそうだよ。でも」
「ま、いいや。話それだけ、じゃあな」
イハは、くるりと向きを変えて、わたしから離れて行った。と、思ったら振り返って二、三歩戻って来て、マジで言った。
「美里さ、友達って言う分類でいろんな奴と、分け隔てなく付き合うの、そろそろ終わりにした方がいいぜ。もう小学生じゃないんだし。お前さんと西条が付き合ってると思ってる人間、結構いたりするぜ。俺は、お前と1年からの付き合いだし、部も一緒だからそのキャラ認めるよ。お前らしいよ。でもな。分かりにくい奴には分かりにくいんだよ。友達でしかないのに、しょっちゅう一緒にいるってのは。どうなの、その辺は」
「そうだね」
と、つぶやくように言った。そうか、うん。イハの言いていることは的を得ている。胸が痛む。沈黙が続いてしまった。わたしがしょぼくれているのを見て、
「言い過ぎたか、ごめん」
と、イハが言うので、その優しさがしみて、おもわずうるうるしてきた。
「そんな顔するなよ。美里の態度が、ほら、悪いって言ってる訳じゃないんだ」
「うん、分かるよ、でも…」
イハは、わたしの頭をいい子いい子するみたいに、軽くたたいた。わたしはずっと優柔不断だった。相手の出方次第で、自分の出方を考えるみたいなところがあった。いつも、逃げ道を用意しておく、ずる賢いところもある。まったく、自分で自分が嫌になるよ。自分に勇気がないから、西条くんのことでうじうじして、その結果、イハにも、浜ちゃんに対してもウソツキだ。なのに、そんなわたしにイハ、優しすぎるよ。その忠告、なんだか兄貴みたいだな。



 3学期が始まった。寒くなると登校時間も遅れるのかな。8時25分ぎりぎりごろが、登校のピーク。正門から、昇降口に向かって、どっと生徒が歩いて行く。3階の教室の窓から、歩く人波をじっと見ているのは、それなりに楽しい。クラスの綾ちゃんが隣で解説してくれるので、今日はもっと楽し!あすこにいるのが何部の部長だ、とか、この前のテストでトップだった人は、あの人だよ、とか。その歩いていく中に、わたしは西条くんを見つけた。やっぱりかっこいいよな。なんて、満足げに見つめていた。だから、告白できなかったんだ。でも、このままでいいはずない、よね。



 実は12月25日に、浜ちゃんから電話をもらった。もて体質じゃないわたしに、ちょっとでも興味を持ってくれたこと、嬉しかった。
「今、好きな子いるんだ。片思いだけれど」
と、わたしは言った。この言葉はウソではない。
「そいつ、一筋かよ」
と、浜ちゃんは納得できないような口調で続けた。
「なら、美里、勇気出して、飛び込んでみろよ。俺だって飛び込んだんだから。で、そいつにフラれたら、俺いるの、思い出せよな」。
なんだかいい雰囲気。ちょっと酔った。そういう浜ちゃん、かっこいいし。勇気もらったな。そうだ。新年の目標は、勇気。いや、やっぱ正直。素直、いやいや、告白だー!



 月1回、写真部の部会がある。今日がその日で、部室に向かうわたしは、昇降口を抜けて土足で校舎の裏を通って、近道しようとしたら、西条くんがいた。
「あちい、見てた?」
つま先だけで、土の上をそろり、そろりと歩いているのを、しっかりチェックされていた。
「見たぞ、見たぞー」
と、へんな節をつけて歌った。
「もうー。なにそれ」
「ねえ、今日、一緒に帰らない?話したいこと、あるんだ」
「いいけど、今から部会なの、遅くなるよ、多分」
「いいよ。待ってる」
「うん」
そうは言ったものの、待たせているのはなんか落ち着かない。それに、彼が一緒に帰らないかと誘ってきたのは初めてだった。それに、その、話ってのがみょうに気になった。わたしは振り向いて
「ねえ、今すぐでもいいよ。話。部会の方、ちょっとぐらい遅れても平気だから。それから行くよ」
わたしたちは、そこから図書館に向かった。図書館はあまり人がいなかった。そして、静か。隠れ家的な感じだった。古びた長椅子に、並んで座った。彼がポケットから出したのは、ピンク色のかわいい封筒。
「これ、ん」
と、わたしに突き出す。開ける前から、わたしには分かった。誰かが彼に宛てたラブレターなんじゃないかと。
「いいの?」
「うん」
と、いう彼の返事を聞いてから、それを丁寧に、ゆっくり広げた。書いてあったのは大体こんな感じ。
「校舎の窓からずっとあなたのことを見てきました。素敵な人だなあと思っていました。お付き合いできたらどんなにいいだろうって。いついつ、昇降口で待ってます。いやじゃなければ一緒に駅まで帰ってくれませんか?」
みたいな内容だった。1年生の女の子。やっぱ、やっぱ、やっぱ、彼、素敵組に入るじゃん、わたしだけじゃないよ、かっこいいって思っていたのは。さーピンチ。どうしよう。でも、落ち着いて、落ち着いて。
「かわいいね」
と、いいながら、手紙を返した。
「美里のこと、友達以上に思っているよ…」
彼は、小さな声で、ぽつりと言った。本当はすごく聞きたかった一言。耳を疑うような一言。なのに、どう返事をしていいのか分からなかった。
「あたしも」
の一言はどうしてもでない。西条くんとちゃんと付き合っちゃったら、イハに、西条くんは友達って宣言したのが嘘だってばれるし、浜ちゃんには片思いの人は、実は西条くんだったなんて、これもばれるし。そんな思いが渦巻いて。でも、だからってこんなこと言わなくてもいいのに。
「じゃ、昇降口、行ってみたら?」
と、ぽろりと口から出てしまった。しばらくの沈黙。後悔、そしてあきらめ。
「うん、そうか、うん」
彼はひとり言のようにつぶやいた。わたしは卑怯だったから、これはしっぺ返しか。イハと浜ちゃんに、そしてついに、西条くんにもウソをついた。そして馬鹿を見たわたし。なにやってんだ、新年の目標?ありゃ、どうした。全然できてないじゃないか。
「部会、行くんだろ?時間、大丈夫」
この場でも、まだ気遣いしてくれる彼。後ろめたい。わたしは彼の勇気をくみ取ることができなかったのに。
「ありがと、行くね」
「うん」
わたしは出口に向かって歩き始めていた。そう、白黒はっきりさせるのが怖くて逃げ回っている自分の結末をかみしめながら。
 振り向いて、
「本当はね、今言ったこと、全部ウソ。昇降口行かないでよ」
そう言いたかった。



 翌日、下校時間。校舎の窓から、昇降口を見つめている自分。西条くんが付き合うことになるかもしれない1年生の女の子、いったいどんな子なのか、わたしは興味があった。しばらくすると、その子はすぐに分かった。結構かわいいし、きちんとしていて、清楚で落ち着きのあるような子だった。あんな大胆な手紙書けるなんて、そんな風に見えなかった。勇気あるな…。上級生に対してアプローチか。二人が歩いて帰るのが見えた。すっごく悔しかった。自分に対して無性に腹が立った。あそこで、西条くんと肩を並べて歩いているのが、どうしてわたしじゃないんだろう。もし昨日、図書館で本当の気持ちを伝えられたら、今日、ハッピーな気分で一緒に帰れたのにな。学校から駅までは、普通バスに乗る。歩くと30分はかかるからだ。でも、できちゃたカップルには、その30分の歩きが一番手頃なデートコースになるのだ。わたしは彼と一緒に駅に向かって行く自分を想像した。そして、もっと仲良くなったら、わたしの家とは反対方向の電車に乗って、彼の家に遊びに行ったりしたのかな、なんて考えても、空しいだけの夢でしかなかった。


 3学期が終わって、わたしたちは3年になった。