夏休みが終わってしまったという空しさと、けだるい暑さで、元気もやる気も出ない、何をするにも億劫になる9月。わたしが一番嫌いな季節だ。そんな高2の2学期。文化祭の準備は強制的に忙しさを運んでくる。クラスで喫茶ルームと、お化け屋敷を開くなんてことになった。中心になっているのが学年委員の伊原くん。通商イハ。彼はリーダーらしいリーダーで、話も上手だし、頼りがいもあるし、いわゆるクラスの人気者的存在。で、その陰にいつからか、よくみかけるようになったのが、彼だった。彼は他のクラスの子。誰?なんでしょっちゅうイハと一緒にいるの?なんでウチのクラスのお化け屋敷手伝っているの?と、疑問符いっぱい。
口をきいたことなかった。いつからか、イハが西条、西条って呼ぶから、西条くんってこの人なんだな、と、分かってきた。顔は結構いいのに、自分から話したりしないし、おしゃべりのイハのそばにいるからか、目立たない存在。でも、だんだん、わたしの顔覚えてきたんだろうな。学食のカウンターで、彼と一緒になった。そしたら目が合って、
「よ!」
と、声掛けてくれたんだ。先に注文したわたしがトレイを持って行こうとしたら
「美里さん、お釣り忘れてるよ」
と、一言。彼が初めてわたしの名字を言った。なんだ、知ってるじゃん、名字。それから教室で、廊下で、時々会って、
「なんで、自分のクラスの文化祭準備さぼって、こっちのクラスに来てるの?助かるけどさー」
なんて聞いたりするようになった。
「うち、女子中心だからさ、男、居場所ないんだよ」
「だけど、その女子たちに白い目で見られてない?」
「見られてるかも、ま、いいけど」
「ま。いいね。こっちは人手多い方がいいし」
「だろ」
そんなふうに、とりとめもない事をしゃべったりするようになった。時々冗談言って、時々一緒に帰って(それはイハも一緒だったけれど)。そしたら、彼のクラスの光ちゃんに、
「じょうくん、取らないでね」と、かわいく言われちゃった。そうか、彼は、クラスではじょうくんって言われてるのか。で、わたしと一緒に歩っていたりするのを目撃して、気にしているのか。なんだ、結構もてるんじゃん。そうだよね、目立たないけれど、もて顔だよね。うん。
「大丈夫だよ。西条くんはフツーの友達!」
と、笑って光ちゃんに答えといた。でも、光ちゃんだって、彼のこと、LOVEじゃなくて、ちょっといい感じぐらいにしか思ってないこと、なんとなく分かる。顔が深刻じゃなかったもん。
 文化祭は、無事終わり、当然のことながら、西条くんと、放課後の教室で会うことがなくなった。一緒に帰ることも…。うん、でも、それフツーだよね。なのに、彼と急に親しくなったのは九州修学旅行だった。日中はクラスの中の班で行動を共にするが、夜の外出は3人以上なら自由。夜の外出と言っても、土産物屋をぶらぶらするぐらいだけれど。それは、長崎に宿泊の日だった。イハが、わたしに声をかけてきた。そばには西条くんがいた。
「お、暇そうなの、約1名見っけ。中華街でも歩くか、美里」。
そんなふうなイハの誘いは、いつもの彼らしかった。イハと、わたしはクラスが一緒、プラス同じ写真部ということで、結構親しかった。それに、3人そろわないと外出できないから、人数合わせか?とも思いつつ
「うん、いいよ、行こう行こう」
なんて調子を合わせた。西条くんも、なにか言うかなと思ったけれど、黙っていた。自然に、3人の会話になり、時々くだらない冗談をイハが言ったりしていた。
 大きなタヌキの置物を見て
「あ、なんだ、美里、どうしてこんなところに立ってんの?おい、大丈夫か、しっかりしろ」
「ちょっとお、失礼ね。なんでわたしなのよ」
と、言い返すと、西条くんまで
「そうだよ、失礼だよ、タヌキさんに」
なんていうから、もう爆笑。
「やめてよ、もう、西条くんまで」
って言いながら彼のほっぺたに、指1本刺してやった。西条くんって、そんな冗談言うんだ…。
 土産物屋のベンチに座って、カップのアイスクリーム、食べることになって、でも、食べている途中、旅館に戻る時間が迫っていることに気付いた。まずい!あわてた!
「どうしよ、あと10分しかない」
まだ、わたしだけアイスクリーム、半分も残っている。
「もう、あ食べきれなくなっちゃった」。
捨ててしまおうかと思った時、
「貸してみ」
と、西条くんがわたしの手からアイスを取って、しかも、わたしの使っていたスプーンで、ばくばく食べ始めた。なんだか、恋人同士ぽかった。好きじゃない子のアイスでもそんなふうに食べるかな?なんて、幼稚なこと考えていた。そんなんでわたし、ちょっと浮かれているって、それ、裏を返せば…どうよ。LOVE?
だいたいわたしは、もて体質ではない。今さら言うのもなんだが、イハみたいに男も女も意識しないでわんわんやっていくのに慣れているせいか、誰のことでも「友達」って言葉でくくってしまうのだ。あの子も友達、この子も友達。その方が友達いっぱいで楽しいー!って思うんだ…。なんて。それはウソ。友達ってくくりで楽しめれば、失恋ってないもの。わたしは、人を好きになっても、振られちゃうのが怖かった。否定されたら、その後、教室で、廊下で、校庭で、どんな顔していいかわからない。傷つくのがイヤ。西条くんのことだって、好きになって、ハラハラドキドキするより、イハたちも一緒に、大勢でわんわんしていた方が気楽。自分にもうちょっと自信あったら、そんなふうに考えないんだろうな。わたしたちは時間ぴったりに旅館の玄関に着いた。それぞれの部屋を目指して別れる間際、西条くんが
「じゃあな、伊原」
と、言った。そして、
「美里もな」
と、初めて美里って呼び捨てた。仲のいい子はたいがいわたしを美里って、名字を呼び捨てる。これって、なんか、一歩進展?
「おやすみ、俺の夢なんか見るなよー、美里」と、またイハが悪ふざけ。
「なーに言ってんの、まったく」
と、わたしは大袈裟にふくれっつらを作って見せた。そしたら西条くんが
「寝ぼけて、俺の部屋なんか探すんじゃないぞ」
と、続けた。
「うっ!」
わたしはリアクションに困って一呼吸。
「もう!西条くんってそういうこと言う人?誰かが聞いたら変に思うじゃん」。
彼もイハも笑っていた。


 修学旅行最終日、日向から川崎まで夜行のフェリーで帰る。でも、天気は最悪。すごい風になった。それでも船は出るという。わたしは酔わないと思った。なんでかわからないけれど…。体力、精神力、ともに自信があった。でもみんな酔い止めを飲んでいた。
「乗船したらすぐ寝よう」
なんて言っている男子もいた。ごろりと横になる二等船室。クラスも、班も、男も女もなく、ぐじゃぐじゃに押し込められた感じ。さっさと睡眠体制の準備に入る子がほとんどで、わたしのような丈夫な人間は、ちょっと時間を持て余していた。一緒に乗船した女の子たちはばたばたと倒れこんでいた。西条くんや、イハや、何人かの男子たちがかたまっていて
「酔わないように、トランプでもして、気を紛らわせようぜ」
「おお、やろうやろう」
と、言い合っていたのが聞こえた。イハが、ちょっと離れたわたしに向かって
「おまえもやるよな」と、いつものノリで誘う。
 トランプを配り始めて、ばば抜きだの、頭使わなくていいようなのを、あえてやっていたのだけれど、何時頃だろう、もうしーんとしてきちゃうし、イハなんか
「あー、ゆれてる、ゆれてる、気持ちわりいー。もうだめ」
って、さっさとギブアップ。そのまま横になってしまった。他の子もそんなで、結局最後に残った西条くんが
「じゃあ、サシでやるか」と、言いだし、二人で暗がりの中、ちまちま戦争という、札を出し合うゲームに集中した。それも15分ぐらいのことで、ついに彼も
「俺もダメだ。寝る」
と、言いだした。取り残されたわたし。なんかよくあるパターン。丈夫な女って、絵にならなーい。かよわい方が、女っぽいし可愛いよね。どうしてわたしって丈夫なんだろう。
 トランプを片づけて、彼のリュックに詰めると、横向きに寝ていた彼が、ちょっと頭をあげて、わたしの膝の上に載せてきた。
「うそお」
と、心の中。
「膝枕、気持ちいいー」
彼がへろへろの声で言った。平静さを失わないように
「大丈夫うー?」
と、聞いた。
「大丈夫、大丈夫」。
 わたしは緊張で、足を全然動かせなくなった。いつまで続くの、これって。どうしてそんなに無防備でいられるの?わたしのことなんかなんとも思ってないからかな?わたし、ドキドキしちゃうよ。悔しくて、前髪触ってみた。きれいな顔。ねえ、起きないじゃん。唇、ちょっとだけ触ってみた。
「がおおー」
彼の口が開いて、かまれそうなって、手を引っ込めた。
「なんだ、起きてるじゃん」
わたしはばくばくの心臓を悟られまいと、わざと迷惑そうに言った。
「これしゃ、もったいなくて寝てられないよ」
「気持ち悪くて寝ることにしたんでしょ」
「寝ない、寝ない。寝ないぞ俺は。嵐だったから得したな」
と、言いながら、また目をつむってしまった。それから多分10分ぐらい、わたしの足は硬直状態だった。彼はパッと起きて
「あ、ごめん。俺寝ちゃったよ」
と、我に返った様子だった。
「足、しびれちゃって、動けないよお」
「ごめん、ごめん。伸ばせよ、足」
「そんなこと言われても、伸ばしたら伸ばしたで、痛い…いってー」
「しー、大きな声出すなよ。みんな寝てるよ」
「だって、痛い、いたたた」
「じゃ、今度、俺が膝枕してやろうか」
「男の膝枕?それって堅そー」
ああ、言ってからかわいくない返事しちゃったなあって、後悔。
「だよねー。じゃ、そのへん、ちょっと歩く?」
「うん」
 薄暗い中、わたしたちは立ちあがった。足がしびれていて2,3歩進んで、よろめいたわたし。
「おいおい、大丈夫か、おばあさんや」
と、彼がふざけた調子で言った。
「やあね、もう」。
わたしの頼りない体が、彼の腕に支えられた。それから、靴を履いて、またゆっくりと歩き始めた。今度は彼が激しい船揺れでよろめいた。
「ああー、ああー。大丈夫かい、じいさんや」
と、わたしも言い返してやった。二人で笑った。西条くんって意外だった。そんな風にバカやるのも膝枕してやろうか、なんて言うのも。
「美里としゃべると、楽しいよ。伊原もそう言ってた。面白いやつだからって」
なにそれ。わたしって面白いだけの人間?ひまつぶしの道具?イハもイハだよ。そんな言い方。でも、待てよ。イハがそう言っても多分笑って終わりだろうけれど、西条くんに言われるとやっぱりちょっと悔しい。西条くんの目には、わたしをもっと違うふうに映してほしかったんだ。
「帰ったらさ、映画行かない?」
彼が唐突に言った。
「へ?」
「伊原とか誘っていいよ」
あのねー。それ、二人だけでって意味じゃないの?もしかして、誤解してない?イハなんかどうだっていい!それともイハと、わたしをくっつけようなんて、おかしなこと、たくらんで…ない…よね。今ひとつ、わたしと西条くん、決まらないんだよな。

 
 船は到着してみんなひどく疲れてはいたけれど、修学旅行は無事終わった。彼とのいい思い出がちょっぴり嬉しかった。でも、文化祭にしろ、修学旅行にしろ、行事が一つずつ終わっていくのに、生活は変わらないし、時間ばかり過ぎていく。恋にも縁遠いし。なんだか物足りない高2の秋。


西条くんの
「映画行かない?」
は、それからしばらくして実現した。都合良く(!)イハは来ないし。彼は映画研究同好会に所属していたぐらいだから、本当に映画が好きだったみたい。わざわざ銀座まで行った。映画観て、ソニーショップ見て、ソフトクリーム食べて。なに、これってデートじゃない。だけど、わたしは、確信が持てない。これ、友達のくくり?それともわたしってちょっとだけ特別?それを知りたかった。無性に知りたかった。