その日の帰り。
会社を出ると、空はどんより重たい雲を広げていた。


わぁ、やな天気……。
雨降るのかなぁ

朝の天気予報では、曇りのはずだった。


ふわり


ビルの谷間を吹き抜ける風の中に、湿った雨の匂いがした。



急いで帰ろう。
傘も持ってないし。


あたしは鞄を肩にかけ直して、駅に向かって足を進めた。



行き交う人達も、きっとあたしと同じで家路を急いでいるようだ。

みんないつもより忙しない。


秋口の今、あっというまに陽が落ちてしまった。
曇っていたのもあって、あたりはすでに街灯がともり始めている。


たくさんの人で溢れている駅前のロータリーに差し掛かった時、突然声をかけられた。



「菜帆!」



え?……あ……。



振り返ると、そこにいたのは英司だった。



「お疲れ。今帰り?」

「あ、うん。えと……佐伯さんも?」

「……はは。俺は取引先から会社に戻るとこ」



忙しいんだよね。


いつも通り、ピシッと着こなされた品の良いスーツ。
手には、しっかりと傘が握られている。

さすが英司だな……。

そんなことをぼんやりと考えてしまった。



と、その時。

英司は高そうな腕時計を確認すると、またあたしの顔を覗き込んだ。



「そうだ、今から飯でもどう?」

「えっ」



ご、ごはんっ!?