そんなあたしに気付かずに、友里香さんは頬杖をついたまま憂いのある表情を崩さずに、またポツリとつぶやいた。
「わたしも、英司さんの隣に引っ越そうかな……」
英司?
「で、でも……結婚するんだし、これからいつでも一緒にいれるんですよね?」
「結婚……すればね」
え?
まるでしないみたいな口ぶり。
「日取りとか決まってんの?」
黙って聞いていた千秋が、グラスを口に運ぶ。
そこに入っているのは、ウーロン茶のようだ。
「うん。 クリスマス」
友里香さんはそう言って、また頬を染めた。
……クリスマス。
あと3か月ちょっと……。
そしたら英司は、次期社長か……。
今までもすごかったけど、さらにすごい人になっちゃうんだな。
もう手の届かない遠い人のような気がして、寂しさにも似た気持ちになる。
口の中に残ったチーズを、ワインで喉の奥に流し込む。
ちょっとだけ苦い赤のワインが、体に染みた。
「でも英司さん、まだ忘れられない人がいるみたい」
…………。
口の中の苦みが増すような感覚。
忘れられない人って……。
「それって、菜帆の事?」
首を傾げた千秋が、あっさりとそう言った。
ギョッとしていると、友里香さんもあっさりと首を縦に振る。
「最近またうわの空」
え?
ちょ……。
「ふーん、そうなんだ」
「そうなのよ」
ふたりの視線が、痛い。
いたたまれなくなって、残っていたワインをゴクリと飲み干した。
な、なに?
なにが言いたいのよ……。
ビクビクしていると、平然とした顔で千秋が口を開いた。



