あたしは慌てて身を乗り出す。


「あ……えと、顔、上げてくださいっ」

「……」

「あたし、何もされてないんです。あの人に付け入られたのはあたしの不注意もあるし、だから……顔を……」

「菜帆ちゃん……」


友里香さんは、長い真っ黒なストレートロングを耳にかけながら顔を上げた。
あたしを見つめる、その瞳が潤んでいる。

まっすぐに見つめられて、慌ててカップを両手で包んだ。


まだ温かい。

あたしは小さく息をはくと、友里香さんを見た。


「あの」


そう言ったあたしの声に、瞳を瞬かせた友里香さんはインスタントコーヒーに手を伸ばし、その続きを待っているようだった。


「佐伯さんとあたしの事は、もう過ぎた事なんです。だから、友里香さんが心配するような事は何もありませんよ?」


そう言うと、無理をしてると思われるかな。

でも、それが本音だった。

あたしはもう、英司に心を乱されたりしない。

英司は結婚するんだ。

制約結婚だとしても、英司が自分で決めた道。

あたしはもう、そのラインには乗っていない。



終わったの。