塩分を含んでる海水に、体が沈むことはなくて少し足を動かすだけでプカプカと波に浮かんでいられた。

千秋はあたしにマスクをつけるよう促す。

言われるがままマスクをつけて、ハッとする。


あれ?

あたしがマスクつけちゃったら、千秋は?


でも、そんなあたしの思いなんかまったく関係なさそうに、千秋はそのまま海に潜って行く。


お、泳ぎ苦手なんじゃないの?


ザバァって海から顔を出した千秋は、濡れた髪を掻き上げるとあたしを振り返った。


「どした? 泳げない?」

「泳げないのは千秋でしょ?」


そう言って心配してみても、一瞬キョトンと目を見開いた千秋は「ああ」と笑った。

そして、半ば強引に手を引かれ、あたし達は海の中へ。



船から少し離れて泳ぐと目の前の世界は、思っていたよりも色に溢れていた。


……わあ!

思わず息を呑む。


ピンク色したサンゴ礁。

そこをよりどころにしている魚たち。

頭上から、海を通して届く太陽の光は。
まるで木漏れ日のようにキラキラユラユラと揺れて、それらを七色に変えていた。




ふいに目の前に千秋が何かを指差した。

彼の指す方を覗くと。
オレンジと黒の小さな魚が、サンゴから顔を出してはまた引っ込んだ。


あ、ニモだぁ。ちっちゃあい。
かわいい……。


思わず千秋に目配せすると、にっこりと微笑んだ千秋があたしを見ていた。

口の端をクイッと持ち上げて、ブクブクって息を少し吐き出すと海面へ上がって行く千秋。

そのしなやかな動きは、人魚のようだと思った。