「もうちょっと乗ってたらあたしもヤバかったかも。ね、菜帆は泳ぐ?」
倫子はそう言って、両手を上げてシュノーケルのマスクを差し出した。
「うーん、もうちょっと休憩する。倫子先に楽しんできて?」
「ん。じゃあそーするね。千秋君は?」
あたしの隣で同じように海を眺めていた千秋。
倫子の言葉に屈めていた体を起こす。
そして、にっこりと微笑んだ。
「俺、泳ぐの苦手なんで。お気遣いなく」
え、そうなの?
振り返って千秋を見る。
そんなあたしに気付いて、口の端をクイッと持ち上げて見せた千秋。
?
「えー、もったいなーい!じゃあ、千秋君、菜帆をよろしくね」
倫子はなぜか意味深にあたしに目配せすると、羽織っていたパーカーを脱いで海にダイブした。
水しぶきがあがり、七色の虹が出来た。
人魚のように、なめらかに海の中に吸い込まれていく倫子を見送ってから、手すりに体を預けている千秋を覗き込んだ。
「ね、泳ぐの苦手ってほんと?」
穏やかな海風に真っ黒な髪を遊ばせて、千秋はその目を細めた。
「さあ、どうでしょう」
「…………」
やっぱり。
『苦手』って言った後の千秋の笑った顔が不自然だった。
なんか、最近彼を少しずつわかる自分がいたりして。
でも、だったら……。
「あのさ、あたしに気、つかわなくてもいいんだよ?」
この船の上には、友里香さんと英司がいて。
その姿は見えないけど、船内にいるのは確か。
だから、気を使ってくれてるんでしょ?
……平気なのに。



