あたしの体を抱いたまま、まっすぐに見下ろされ
睫にかかるその瞳が、ユラユラ揺れてる。


なにか言いたそうに、少しだけ開いた唇。
その奥に、綺麗な歯が見えて、でもすぐに閉じてしまった。



耳の奥が痛くて、何も聞こえない。

そのせいで、ドキンドキンって激しく鼓動を刻むその音が、千秋に聞こえてしまいそうだ。



「…………」



息の仕方も忘れてしまいそうな、そんな緊張感で体が強張る。
瞬きすら、しちゃいけないみたいで、視界が滲んでいく。

にわかに近づく距離。


ドックン!


え、え?なに?

思わず目を閉じそうになったその時。



まるで魔法がとけたみたいに
千秋はため息と一緒に、スっと顔をそらした。




「あーもう、なにこれ……なんの拷問だよ……」



???



「ち、千秋、どうしたの?」

「…………」



手で顔を覆っていた千秋は、その隙間からジロリとあたしを見る。



「……別に。こっちのハナシ」



へ?

意味分かんないんですけどー。


ムッとしたあたしに「はは」って呆れたように笑う。
それから「でも」って付け加えた。


と、その瞬間。
あたしは千秋の大きな腕に抱きすくめられていた。



ええっ!!? なに?



「今日はあんがとね」




そう言って、回した腕に力を込める。
痺れちゃうような掠れた声で囁いて、




「……菜帆がいてくれて、すげぇ心強かった」




甘い吐息と一緒に、千秋の唇が“ちゅっ”て耳に触れた。


ひゃああああ!



「なっ、なっ、なな……なななに」



もちろんその後、リンゴみたいに真っ赤になって怒ったあたしだけど。



「すっげえ連呼。えーっと、な、な?」 

「も、もう! ふざけないでよ!」



さっきまでの妖艶な千秋から一変
無邪気に笑うその顔に、なんだか肩すかしみたいな気分。




だけど、千秋の事、少し知れて
嬉しいなって思ってる自分がいて驚いた。



それから、
もっと、もっと彼を知りたいって思ったんだ。