飛び上がったまま、勢いで振り向くと倫子が心配そうに立っていた。
「……あ、り、倫子……おはよ」
「おはよう」
倫子はそう言って、「大丈夫?」と小さく付け加えた。
その言葉になんだか泣きそうになる。
「わかんない……英司から連絡ないし……」
「そうなんだ」
同じく小声で返すと、倫子はため息交じりに言った。
「佐伯さん、結婚するんだね」
え、しない、しない。
あたしたち別れてるんだし
それに、また寄り戻そうって言われても「はい」なんて頷けないよ
これでも、プライドくらいあるもん
「ほら、前にランチの時に見たでしょ? あれが噂の」
「え?」
噂?
「どっかで見たことあると思ってたのよ、あの女の人。
やっと思い出した。
あの人が、ここの社長令嬢だったみたい」
「…………」
え、ってことは……。
今、社内で広がってる噂ってゆーのは……。
「菜帆と付き合う前、佐伯さんと噂になってたもんねぇ」
うそ……。
じゃあ、英司は……本当に
本当に、結婚しちゃうんだ……。
その時
さっきしまったばかりの携帯が
あたしの心みたいにブルブルって、震えだした。
『英司』
きっと彼から。
でも、あたしの体は金縛りにあったみたいに
ちっとも動いてくれなくて。
そのうち、携帯は、あたしを呼ぶのをやめたんだ。