もしかして。


あたし……遊ばれてたのかな。

おかしいと思ったんだよね、英司みたいな“出来る男”があたしなんか相手にするはずないって。




「……はは。かっこ悪……」




そう呟いて、ギュッと唇をかみしめた。
そうしてないと、こんな人ごみの中、涙が零れちゃいそうだ。




――泣きたくない。
――――……泣きたくなんかない。

泣いてしまえば、それを認めたことになる。






ああ……だけど……。
だけど……。



あたしの意思とは裏腹に、頬に一滴の涙がこぼれた。
それをさかいに喉の奥に詰まってたものが、全部こぼれそうになる。



「……ッ、」




真っ暗な闇に引きづり込まれそうになった、
その時だった。







「――――菜帆?」






…………。

歪んでしまった視界に、ふわりと甘い香りを漂わせ、大きな瞳が覗き込んできた。




「え……、」



それは、何度も瞬きを繰り返す、驚いた顔の千秋だった。



なんて、タイミングの悪さ……。





「……なんでもない。いいから、ほっといて……」





さっと顔をそらし、押し黙ったあたしを見て、何かを言いかけた千秋はすぐに口をつぐんでしまった。