「…どう?」




弾き終わると、すぐ近くの和を見上げて、貴史が言った。






「どう、って…」




こんな近くから見上げられている、という事実に どぎまぎ して、

和は上手く喋れなかった。


ただ…、

″ずるい″と、思った。






「…この前は、人には聴かせられない って言ってたのに…」




…こうやって いとも簡単に人の心を持っていく貴史は、

ただ、″ずるい″…。


気付くと和は心の声を口に出していて、

それを聞いた貴史は また あの顔で笑って、言った。






「…よく 覚えてんね 笑」




…覚えてるよ…。


あなたと違って、

私にとって あなたの言葉は、全て だったんだから。


あなたが覚えてなくても、

私は覚えてしまって いるんだよ。




…貴史の顔を見ながら、

和は ぼんやり と そんな事を思った。


改めて認めるのは悲しい気も したが、

それが どうしようもない事実、だったから。


…しかし。






「…あ、でも

俺も 覚えてるよ」




和の心を読んだかの ような その言葉に、

和は思わず目を見開いた。






「…え?」




「何、その顔(笑)


俺も、ちゃんと覚えてるから!笑


…確かに、あん時、

人には聴かせらんない って言った」






「……………」




「…でも。


今日は、特別。


…感謝してよー?笑」




穏やかな声で そう言って また、笑う。






″彼は どこまで ずるいんだろう″、

その顔を見て、和は思った。


期待させたり突き落としたり、

″ちゃんと覚えてる″なんて笑って見せたり、

そんな事を したら私が増々あなたを好きになる って、

あなたは分かってて、言ってるのかな…。


…胸がキュッと、痛む。


しかし きっと、

貴史は無意識なのだろう。


だから余計、痛かった。