「何、また忘れ物ー?笑」
和を見つけると、ピアノの前に座ったまま、目だけを上げて、
貴史は可笑しそうに笑って、言った。
「…うん 笑
宗谷くんは…また、何となく?」
「…そ。
何となく 笑」
ずっと、ずっと寂しかった筈なのに、
貴史の声を聞いて安心している自分が、居る。
不特定 多数ではなく、自分だけに向けられている視線や笑顔に、
おかしな くらい、動揺した。
「さっきまで聴こえてたピアノの音って…宗谷くん?
宗谷くん、ピアノ弾けるんだね」
「や、テキトーだし 笑」
「適当でも すごいよ!
聴いた事ない曲だったけど…
何て曲?」
「んー…。
″fate″…かな」
「…へぇ。
そうなんだぁ」
感心したように溜め息を漏らすと、
貴史が口の端を上げて、また可笑しそうに…笑った。
「…どうしたの?」
「そんな曲、ないから」
「え、でも今…」
「名前は、テキトーに付けた」
曲名が思い出せないから適当に付けた、という意味だろうと思い、
和は納得したように″そっかぁ″と、呟いた。
そんな和を見て、
貴史は まだ可笑しそうに、目を細めている。
「…ねぇ、どうしたの?」
貴史は真っ直ぐに和を見て、言った。
「いや、素直だな、と思って」
一瞬 何の事だか分からなかったのに、
和は自分の顔が熱くなるのを、感じた。
「それって どういう…」
「ん?
教えない 笑」
口の端を上げて、貴史は綺麗に笑った。
…人を好きに なるのに、理由など ない。
貴史の横顔を見て...その瞬間、和は悟った。
壁が一気に崩されたような…気が、した。

