「…忘れ物?」
暫くして口を開いたのは彼の方で、
その低くて心地いい声が耳に入って来て初めて、和はハッと我に返った。
「うん。
…そ、宗谷くんは…?」
一言で会話が終わりそう だったからか、反射的に聞き返すと
「…んー…。
…何となく 笑」
言おうか言うまいか 少し迷ったような顔を してから、貴史が笑った。
″何となく″なんて雰囲気ではない と 思ったのに、
その笑顔に つられて、和も思わず笑っていた。
「…何となく って 笑
…ねぇ、
宗谷くんは、古文の宿題やった?
私さっき やろうと思ったんだけど辞書 忘れてて…。
それで今 取りに来たんだぁ」
なぜか貴史との会話を終わらせたくない という衝動に駆られて、
気付いたら和は、自分でも驚くほど すらすら と 喋っていた。
「ふーん…そう。
偉いじゃん 笑」
…また、笑った。
悔しい事に笑顔も見惚れるほど綺麗で、
それに、相槌も打たず 興味も無さそう なのに、なぜか話を ちゃんと聞いていて合わせてくれる その雰囲気は、
見た目の印象と違って、やわらかく…温かかった。
和は、
貴史になら内気な自分を忘れて、普通に話せる気がした。
「偉い って…、
宗谷くんも ちゃんと やんなきゃ駄目じゃん!」
「え、何 説教?笑
ムカつく(笑)、帰るー」
…一見 すごく綺麗で近寄り難い人に見えるのに、話し易い。
貴史と だったら ずっと喋って居られそう だった。
しかし…冗談でも″帰る″と言った瞬間、
″帰って欲しくない″と 思ってしまった自分に、和は慌てて気付かない振りを、した。
「じゃあ…帰って、ちゃんと宿題やりなさい!
絶対 写させて あげないから 笑」
心とは裏腹に貴史に帰るよう促し、
自分も帰る準備をして、和は笑いながら言った。
本当は、ずっと貴史と喋って居たかった。
しかし和は…心の中の思いを打ち消して、その場を去った。

