夏保。
 僕は彼女の名前を君に向けて、心の中で呟く。君に彼女の影を重ねて、現実逃避だと分かっていても止められない。
「差し入れだけで話できないんだ。今日、夜勤で」
 君を誘導して聞き出して分かったことだけど、君は看護士なんだね。君は夜勤の日のように忙しい日でも僕に差し入れを持ってきてくれる。雅也ではない僕に。有り難いけれど、チクリと僕の良心が痛むんだ。僕は君を騙していることになるんだから。雅也じゃないのに、雅也のふりをして、雅也への君の愛を受け止める。僕は君に夏保の影を重ねるだけで何もしてあげていない。騙すだけでなく、心の補修に利用しているも当然。最悪だと分かっていても、君がいないと僕の心が壊れてしまいそうで、怖くて止められないんだ。
「ありがとな。気を付けて」
 だから、今日も僕は雅也として君を笑顔で見送る。
 雅也と夏保を殺したとされ、判決を待つ僕。判決がでるより前に、僕は君に真実を告げたいと思う。君が壊れてしまうのは怖いけれど、君は真実を知るべきだと思うから。夏保の恋人だった僕と、雅也の恋人だった君。両者を繋ぐ最悪の真実を。