愛菜が寝ると急に静かになった。

二人で座卓に向き合い座った。

静か過ぎる。

潤がテレビを点けた。
十時のニュースが始まった。

缶ビールで乾杯した。


桃子と潤はただの元同級生だ。

夫婦でも恋人でもないのに、いい大人が二人して浴衣を着て向かい合って缶ビールを飲んでる。

なんだかおかしな光景だ。

潤の布団は、彼の背中のすぐ後ろの壁際に敷いた。

そんな距離に布団が敷いてあっても二人には関係ない。

ポットや冷蔵庫があるのと同じことだ。

疲れたのか、急に潤は無口になってニュースを見ていた。

潤の目が血走っていた。

こんな潤を見るのは初めてだった。

桃子も座卓に肘をつき、黙ってニュースを眺めた。


「あのさー」
潤が言葉を発したのは、ニュースのエンディングテーマが流れ始めた頃だった。

潤は既に缶ビールを二本空けていて、三本目だった。

「思い出したくない事だと思うけど。」

嫌な予感のする話の切り出し方だった。

「なに?」

「千香のことだけど。」

やっぱり。千香、と言われただけでなんとも嫌な気持ちになった。

「なに?」

「あいつ、妊娠してなかった?」

桃子は呆気に取られた。

「なんで?」

「あいつ、子供が出来たとか言ってたから。」


本当にしてたんだ。

「中学生のくせに。」
桃子は吐き捨てるように言った。

「だからさ!」
潤は頭を抱え、語気を強めた。

「だから、困るだろ?俺たちまだ中三なんだぜ。受験だってある。高校だって行かなきゃならない。どうすりゃいいんだよ。だから、俺、千香のこと好きだけど、堕してくれって頼んだんだよ。」

「当然よね。」

「そしたら、あいつ、すっげえ泣いて、
狂ったみたいに赤ちゃん殺すなら自分も死ぬって騒いで…」


桃子は鼻白んだ。
ばかみたい。

「なぜ、私にそんな話をするの?」

「千香が友達の中で桃子と一番仲いいんだって言ってたから。千香から何か聞いてないか?」

嘘つき。
無理。


「千香からその話聞いたよ。潤の赤ちゃん出来たって。」

「だから、俺、千香が…」


桃子は驚いた。

潤が頭を下げ、泣き始めた。

「千香が可哀想になって生んでもいいよって言ったんだ。俺、働いて頑張るからって。でも、あいつ堕ろせって言ったから許さないって泣きながら怒ってさ。」


潤の泣く姿を見る事になるとは思ってもいなかった。

桃子は少し残った缶ビールを啜った。


「千香が死んだのは、俺がひどい事言ったせいかもしれない。葬式も行けなかった。千香の親にも何かあったのかって責めるみたいに言われたし。司法解剖されたら妊娠も分かって、警察に呼び出されるかもしれない。だから、学校も行くの怖くて転校したんだ。」

潤が涙で濡れた顔を上げた。

桃子は知った。

千香の幽霊に誰よりも怯えていたのは、潤だったと。

「絶対違う。千香みたいなのが、自殺するわけないよ。」

桃子はそう言って、台拭きでテーブルを拭き始めた。