そう言えば名字しか知らないことに、今更気付いた。
名字なら散々心の中で呼び捨てにしてるけど…


「梨夏?」

「―――――あ、えと…」


ヤバい。
好きな人のフルネームも知らないとか、あり得ない。
しかも2年以上、バイト仲間として一緒に働いてたのに。
でもでも、みんな“吉野”って呼んでるし、シフト表も名字しか載ってないし…


ぐるぐると一人心の中で言い訳しながら、私は吉野の目線から逃げるように、斜め上に見える天井を眺める。
…そこに答えがあるわけじゃないけど。


ど、どうしよう…


「………もしかして、俺のフルネーム知らないって?」


吉野が気付いたように質問を投げ掛けてくる。
図星過ぎる質問に、私はギクリとして吉野に目線を戻した。


「いや、あの…………………ご、ごめん…」

「――――ふぅん」


謝るしかない…。


吉野は拗ねたような表情で、私を見つめる。
申し訳ないという気持ちの中、それ以上に感じてしまうのは、キューッと締め付けられるような胸の心地いい痛みだった。


…拗ねた顔がかわいいかも、なんて男の人は嬉しくないだろうけど。