「はぁ…」


幸せが逃げるな、と思うけど止まらない。
吉野のことを考えるとため息が出るんだ…。
あの時まではそんなことなかったのに。
吉野のことが嫌いだった時までは―――…


「…トロいな。」

「!吉野っ…くん」


耳に入ってきた声に顔を上げると、呆れた様子で吉野が私のことを見下ろしていた。
いつの間に!


「まだ数えてんの?ったく。貸せ」


イラッとした様子で、私の手の中からお金の束を取り上げる。
パラッ、パラッ、と慣れた手付きでお札を数えていく。


「ご、ごめん…」

「……」


返事なし。
怒らせちゃったかな…。
私も慌てて小銭を数え始めるけど、手元がおぼつかなくて、うまく数えられない。


…なんで?
手が冷たいし、震える。
まるで、緊張してる時みたい―――…


ただのバイト仲間の前ってだけなのに、こんなに緊張するなんて。


「―――岡部さんってさ」

「へっ!?」


急に話し掛けられて身体がビクッと震えるとともに、私の手の中から百円玉がチャリンと落ちる。


「あっ、ごめ…!」

「―――いい」


咄嗟に床に目を落とすけど、動くな、と言うかのように吉野は私の目の前に手をかざして、しゃがみこんだ。


私は吉野の頭上をじっと見る。
初めて逢った時から変わらない、漆黒の髪。
染めたところは見たことがない。
吉野のことは嫌いだったけど、髪の毛はいつもキレイだなって思って見ていたんだ。


…キレイなのは髪の毛だけじゃないけど。
その顔立ちも、シルエットも、低音の声も。
全部がキレイなことを知ってる。