同僚はそう言うと、本を裏返した。



そこには彼自身が書いた言葉がある。




『俺は初めて恋をした。

無表情で、俺におちなかった女。


俺にとって
一番近くて遠い人。


この作品は、その人がモデルです。』




その瞬間、本に涙が落ちていく。



同僚は何か気づいていたのか、頷くと席に戻っていった。



自惚れた女になっているかも知れない。



でも彼の言葉が、私の記憶の中に前からある。


“一番近くて遠い”



私から見てもそうだった。


彼は人気作家で、私はただの編集者。



あの日よりもちょっと前。


自分自身の気持ちなんて、気づいていたのに。



なんで、ちゃんと伝えなかったんだろう。



もしかしたら、私も彼も傷つかなかったのに。


傷つかなかったかも知れないのに。




「編集長、出てきます」



「ドコ行くんだ、こんな時間から」



「行って来ます」