シュウはこの時点で、なつみのつぶやきの意味がよく分からず、黒川を中傷する言葉にしか聞こえなかった。
なつみは、真顔になるとこんな事を言い出した。
「いいわ、ひとつ、いい事を教えてあげる。
あんたは知らないかもしれないけど、黒川さんは、実は40代のおばさんよ」
「何を言っているんですか? 黒川さんは僕達と同じ歳ですよ」
シュウはこの時、まだなつみが黒川の事が嫌いで悪口を言っているんだとしか思っていなかった。
「じゃあ、もし、黒川さんもあんたと同じように天使との契約者だったとしたら?」
「えっ」
「私、知っているの。 黒川さんには、シオミとかいう天使が付いているのよ。
黒川さんは、若返りたいと願った。天使は、それを叶えた。
ふたりの会話から全て分かっちゃった」
「冗談もほどほどにして下さい。
いくら天使でも、人の年齢を変えることなど出来るはずがありません」
シュウは怒りだした。
「天使付きのあんたなら知っているはずよ。
天使はどんな願いでも叶えられるって。
強く否定するっていうのは、あんたが現実を認めたくないからでしょ?
そりゃそうよね。好きな人が歳をごまかしていたなんて。
信じる、信じないはあんたの自由よ」
シュウは恐る々、初めて質問した。
「じゃあ聞くけど、どうして黒川さんは若返ってまで高校に入学する必要があったんですか?」
「さあね、若い頃、高校に行かせてもらえなかったんじゃないの?」
シュウはひどく動揺し、身震いまでしている。
「ちょっと、本当に何も知らなかったのね。
本当に好きなら、少しは相手を知る努力をしたら? じゃないと相手に対して失礼よ」
なつみらしからぬ珍しい、皮肉なまでもまともな言葉だ。
これでシュウの心に大きくひびがはいったのは間違いない。
なつみはそれを楽しむかのように、追い打ちをかけた。
「最後にもうひとつ教えてあげるわ。黒川さんは子持ちよ」
「えぇー」
ただ驚くばかりのシュウ。なつみは、執拗にシュウの心を攻撃。
動揺のあまり制御しきれなくなったシュウの心は崩壊寸前。
なつみはシュウを捕捉したような気持ちになっていた。
もはや、撃墜は時間の問題。
そしてついに、とどめの一撃が食らわされた。
「黒川さんの子供は誰だと思う? うちのクラスの、黒川聡美よ。
あのふたり、どうも様子がおかしいと思ったのよ。