ヒロユキと別れたあと、家の玄関を開けるチエミに笑顔はない。

「ただいま」も言わず、そのまま二階の自室に駆け上がる。


その頃、チエミの家は混乱の状態だった。
夏休みが始まってからチエミの父の再婚相手が同居し始めたからだ。


「チエミに紹介したい人がいるんだ。」

と言って父が連れてきたその女性は父より十三歳も若く三十一歳だという。

しかも父の子どもを身籠っていた。

製薬会社で開発の仕事に従事する堅物な父に恋人がいるなんて、思いもしなかった。

(それって、私の妹か弟ってこと?
十五歳も歳下の?)

チエミには嫌悪感しかなかった。

突然来た見知らぬ他人と一緒に暮らすなんてチエミには耐えられないことだった。
しかし、父にそんなことは言えず、自分の中で継母となった彼女の存在を消すことにした。

その人には赤ん坊がいる。
どうしようもないではないか。

チエミの母はチエミが物心つかないうちに病死した。
それ以来、チエミと父はずっと二人で暮らしてきた。

継母との出会いが、父からチエミの母親の記憶を消し去ってしまったようだ。

「チエミにもお母さんが必要だ」

と父は言ったが、いまさら必要ない、と思った。
面倒な時は何も言わず、時が過ぎるのを待てばいい。

チエミの沈黙を父は自分勝手に良い方に考え、安心したようだった。

新しい「お母さん」は地味な感じの人で、彼女の方からも積極的にチエミと打ち解けようとはしなかった。

父の手前、「お母さん」と呼んだが、チエミはいつも心の中で、(お母さんじゃないけど。)と思った。

父と喋ってる時は楽しそうな継母に、チエミはしらけた。

夏休み中、継母は毎日、チエミの食事を用意してくれたが、チエミはわざと残して、お菓子を食べた。

チエミたちが仲良くなれないまま、夏休みは終わってしまった。

継母は、気難しいチエミを持て余していた。

どう接したらいいのかわからない。

チエミには、継母の目が自分を拒否しているのがわかる。

父は仕事で毎晩帰りが遅かったから、チエミは学校から帰ってきてから、継母と顔を合わすのが苦痛で仕方なかった。