1983年ー4月。
チエミは高校生になった。

父から入学祝いに貰ったウォークマンで毎日、音楽ばかり聴いていた。

音楽を聞いてる時は、余計なことを考えずに済んだ。

ヒロユキのこと。
継母のこと。

チエミは懸命に現実から逃げていた。

音楽がチエミを癒してくれた。

「ベストヒットUSA」で紹介される英米のアーティストたちの曲をよく聞いた。
その中でも、一番のお気に入りのアーティストはシンディローパーだった。

彼女の七色の歌声を聴いている時、チエミは幸せな気分になれた。



放課後、チエミは一人で教室に残り、窓からぼんやり外の景色を眺めていた。

初夏の風が心地良い。

校庭では、陸上部とサッカー部の部員たちが汗を流していた。

ふいにトントン、と肩を叩かれ、振り向くと柏田慶が立っていた。

柏田は美術担当の教師で目元の涼しい爽やかな青年だった。

女生徒に人気があり、彼が顧問担当をしている美術部は、校内で
「カッシーファンクラブ」と呼ばれていた。

柏田が何か言っているが、聞こえない。

チエミは仕方なくウォークマンのイヤホンを外す。

柏田は校内の見回りをしているらしかった。
「まだ帰らないの?」

「はい。」
チエミは答えた。

そばにいると柏田が意外に背が高いことにチエミは気づいた。

柏田は窓枠に手を掛け、校庭の生徒が練習する姿を眺めながら独り言のように言った。

「みんな若いよなー。」

柏田がまぶしげに目を細めた。

茶色がかったストレートの髪が風に揺れる。

Tシャツの襟からまっすぐに伸びるその首筋に、チエミは『大人の男』を感じた。