幸せになろう

仕事の進め方をめぐって経営者と対立し、クビになった。
俺が生活に困っていたのを見かねた叔父夫婦が、夏穂ちゃんの家庭教師の
バイトをさせてくれた。金額をはずんでくれたものの、生活は苦しかった。
 そんな時だった。
父さんから金が送られて来たのは。
金が入ったから送るというメッセージと共に。 
俺は腹が立った。散々苦労させておいて、今更思い出したかのように
金を送りつけてきやがった。
そのまま付き返してやろうかと思ったが、その金で生活するしかなかった。
今ごろになって親の金で生活する自分が情けなかった。悔しかった。
母さんに俺の苦労が分かってたまるか!」
「慎一、お母さんを責めるのはもうやめて」
さやかは、和江をかばった。だが、慎一はやめない。
「母さんが父さんの後ろ姿ばかり追いかけている間、俺がどんなに苦労したと思っているんだ。
母さんだって結局、父さんに相手にされなかったんだろう。
父さんが家族のために何をした?
父親らしい事なんて何もしていないだろう。そんな父さんのどこがいい。
そうやって、ずっと父さんを追いかけていればいい。初恋の男性を追いかけるみたいに、
あんたの事なんか見てくれない父さんをな。
現実に目を背けて、いつまでも夢を追いかけていればいい。俺のことなんかどうでもよかったんだ!」
慎一の怒りは最高潮に達してた。
「慎一、言いすぎよ。お母さんに謝って」
さやかは、聞いていられなかった。
「いいのよ、さやか。全部私が悪いの。慎一に言いたい事を言わせてあげて」
「でも、お母さん……」
「あのお金、実は私が送ったの。贅沢していたのは最初のうちだけ。でもすぐに
やめてお金を貯め始めた。慎一のことが心配だなんて、自分から離れていったのに、
今更、言いにくいからお父さんの名義にしたの。
それにお父さん、慎一に生活費なんか送っていないと思った。だから少しずつ貯めたの」
「そんな話聞きたくない。父さんも母さんも同じだ!
ふたりとも、自分の事しか主張しない。勝手だ。俺の事なんか放っといてくれ!」
「ちょっと、慎一」
「慎一さん」
さやかやエレーナが呼び止めたが、慎一はそのまま自室にこもった。
母さんなんかに俺の気持ちが分かってたまるか。
もう勝手にしやがれ。
 慎一の苦しい過去……
エレーナもまた、辛かった。
慎一は、そんな一面を見せたことがなかった。