「礼央くん髪、切ってあげるね」

リビングの食卓を部屋の隅に移動し、カットの為のスペースを作った。
店にも子供はよく来るから、子供のカットは慣れている。

絵理香が鋏や櫛を食卓に並べ、準備する様子を礼央は遠まきにじっとみていた。

「礼央くん、この椅子に座って。」

絵理香が声をかけると、礼央は首を横に振る。

「だあめ。前髪が長過ぎて、目が悪くなっちゃうよ。お母ちゃんは美容師だから大丈夫だよ。」

礼央を食卓の椅子に座らせ、ケープをかけると他の子供と同じように、体を強張らせた。絵理香は、クスッと笑い

「お客さん、緊張してますね?」

おどけた口調で言い、肩を揉んでやる。

礼央はくすぐったがり、身をよじって笑った。礼央が笑ってくれると絵理香は嬉しかった。

カットを始めると、いきなり礼央は絵理香の方を見て、拗ねたように言った。

「絶対、坊主にするなよー。」

思わず、絵理香はぷっと吹き出してしまった。その言い方が、いっちょまえで可愛かった。

礼央がもうちょっと小さかったらまた少し違っていたのかもしれない…

絵理香は髪を切ってやりながらそんなことを考える。
五歳の子供というのは、微妙だ。実母の記憶もあるし、やたらスキンシップすることも出来ない。
でも、乳児の世話はもっと大変だろうから、五歳でよかったのかも…

「ねえ礼央。」
「なに?」

「私のことお母ちゃんって呼んでね!」

そう言って絵理香は、人差し指で礼央の頬を軽く突つく。

礼央はせっかく呼び名を決めたのに、なかなか絵理香をそう呼ばなかった。

礼央が翔と絵理香の子供になってから実母のことを恋しがる素振りはなかった。礼央はよく絵理香の顔色を伺う目をした。

自分の恋人のため、礼央をためらいなく手放した礼央の母親。

礼央が実母の男からどんな扱いを受けたのかわからないが、礼央は子供の嫌いな母親の男に怯えながら暮らしていたのかもしれない。小さな体で傷つきながら過ごしていたのかもしれない。
そんな礼央を想像すると絵理香はやるせない気持ちになった。



ー礼央にとって、絵理香は「優しいお姉さん」の日々が続いた。やはり、五歳ともなるとそう簡単ではなかった。