「はい、お待たせしました。契約部上野です」

締め日前のこの時期は、契約部への内線電話がとても多い。

契約書のチェック部隊なので、営業マンがお客様への持参前と後に問い合わせの電話をかけてくるからだ。

だから、本来なら紙に埋もれている部署なのに、この時期だけ、朝からひっきりなしに電話対応に追われることになる。

おまけに相手はくせ者ばかりの営業マン。一筋縄ではいかない人たちばっかりで。

「はい…はい…仰りたいこともわかりますが、そこはお客様の捺印を頂いて下さい。…ええ、頂きづらい事情はわかりました。ですが、捺印なしで通して、あとで万が一トラブルになった際に更に問題になりますから」

冷静に、冷静に、と、ボールペンでぐりぐり落書きしながら、あたしはため息をつきたくなった。

大体、お客様にハンコもらいづらいって言ってもしょうがないじゃない。契約書なんだから。捺印があって初めて意味があるもんでしょう。
しかも、ハンコもらいづらい理由が向こうが怒ってるからって。…この人、絶対また、相手先の担当者に良い様に言い含められちゃったんだ。
本当によく営業つとまってるなあ…。

「…はい、お手数おかけしますが。はい、よろしくお願いします。お疲れ様です」

やっと通話を終え、受話器を放り出したいのを抑えて、そっと戻すと、隣の席から低い笑い声が聞こえた。