エゴイスト・マージ


「落ちそうになったのを彼が庇ったんだね?
それで線路に落ちたと」

眼光鋭く私を見ながら矢継ぎ早に話す
刑事の言い方はまるで私達が加害者で
あるかのように思えてならなかった。

この光景には覚えがある。
まるであの時のよう……

封印した筈の霞んだ幼い記憶が
蘇りそうになる。

連日同じことを何度も何度も繰り返して
聞かれ続け、次第に自分が覚えていた
記憶がぼやけてきて、どっちが
事実だったのか曖昧になっていく恐怖。

私がやったと言えば
この無限ループから抜け出せるなら
いっそ……
そう思えるような執拗さ。



……吐きそう。

ダメ。

しっかりしなければ。
自分の事ならまだしも裄埜君の為だから。

逃げちゃダメだ。誰の為に
裄埜君があんな目に合ったと思ってるの?

絶対に逃げてはダメ。
過去の自分と今は違う……はず。

「私がもっとしっかり立っていれば
こんなことには」

あの時は裄埜君の行動に
気が動転していて何もかもが
上の空で。

何度悔やんでも悔やみきれなかった。
私なんかの為に裄埜君に何かあったらと
そう思うだけで昨夜は一睡も出来なかった。

昨日結局彼には会えないまま……


「裄埜君は?どうなったんですか?」

刑事はもう一人と目配せをしたのち

「彼は命に別状はないですよ、退避所に
上手く移動できたみたいで運が良かった」

「良かった、良かった……本当に」

昨夜の事を思い出して手と足が小刻みに
震え出し再び涙が溢れ出てきた。

「もう一度お聞きしますが、犯人に
心当たりはありますか?」

犯人?

聞きなれない言葉にゾクリと背中が
粟立つ。

刑事はさっきよりも鋭く私を挙動を
観察しているようだった。


つまりこうなった原因が何にあるか
知っているかという事だろうか?

あの時あまりにも咄嗟のことで
後ろを振り向く事も、それが誰だったか
等、到底断言できる余裕はなかった。

気のせいだったと思えればいくらか楽に
なれそうに思えたけど、裄埜君が
あんな目にあった以上、そんな悠長な事は
言ってられない。

「分かりません、ただ」

「ただ?」

思わず口にしてしまったせいで
刑事が身を乗り出してきた。

「いえ、やっぱり分かりません」

「……そうですか。
では、何か思い出したら連絡して下さい。
くれぐれもお願いしますね」

「ハイ」


どんな風に押されたか、それが故意か
否かは流石に分かる。

その手の感覚も……

でも誰かと言われると
それは本当に分からない。

無闇に邪推すべきじゃない

確証が何も無い。

誤解を生むようなことは
言うべきでは無いんだと言葉を飲み込んだ。