自慢の長い黒髪に、白百合の花をあしらって、真っ赤な着物に身をつつむ。

今日もまた、村へ下りるために。



「あら」

そう言ってあたしがかがみ込むと、

「どうかしたかい?」

一人の若者が、声をかけてきた。

「鼻緒が、切れてしまっているね。どれ」

草履に遣っていたあたしの指先に、その男の指がかすめて、あたしは思わず手を引っ込めた。

その男は、器用だった。

彼のほうから風が吹くと、かすかに潮の薫りがした。

「ありがとう」

あたしが立ち上がろうとすると、男は手を貸してくれた。

歳のわりには皺の多い、けれど、とても優しい手。

漁師だろうか。

「じゃ。気をつけて。このへんは、物の怪が出るそうだからね。なんでも、人喰い鬼だそうだ」

「ええ。あなたも、お気をつけなさいませな」

あたしが、その『人喰い鬼』なのだからね。



結局。

山道の入り口で、あたしは食欲をそがれてしまったので、しぶしぶ山に戻ることにした。