「あの山には、近づかんほうがええ」

「鬼が出る」

「人喰い鬼だ」

「奴に魅入られたら、術をかけられ山へ連れていかれて、肝を喰われてしまうんだと」



『Romancia』



指先に力を込めて、男の頑強な腹部に腕を突っ込んだ。

大丈夫、声が出せないように、喉は切ってある。

目的のものを掴んで、引きずり出すと、男の壊れた笛みたいな呼吸が止まった。

夕陽を浴びてオレンジ色に輝く、艶やかな臓物。

これが、あたしの生きる糧。

あたしは、両手にそれを乗せて、一心不乱にむしゃぶりついた。



人喰い鬼。

あたしは、もう、人の生き肝を喰らいながら千年の命を長らえてきた。

ずっと、この日本海に面した港町を見下ろす、切り立った岩山の中に、たった一人で。

ときどき、余所者が、海を目指してこの山を越えようとするのを見ると、健康そうな人間を選んで喰らった。

鬼がいる。

やがて、そんな噂が立って、山越えをする者がいなくなると、あたしは町に下りるようになった。

鋭い牙や、角を隠して、道行く若い男に声をかけるのだ。

美しいあたしを見ると、男はみな、騙される。

そんなことをしているので、山狩りにも、何度も遭った。

そのたびに、全員、喰らってやった。


最近は、捕まえた男たちと、冥途の土産にと寝てやることが多い。

あたしなりの、罪滅ぼしなのかもしれない。