Kプリンスまではここから車で1時間くらいだった。せっかく綺麗な恰好してるんだから、とハンドルは壱兄が奪取した。本当はあたしが運転したかったのに。

「しかし、馬子にも衣装とはよく言ったもんだなあ」

 行きの車の中で、壱兄はそう言って笑った。相変わらずの口の悪さ。

「ちょっと、何それ。今すぐここで車から降りてもらってもあたしは全然構わないのよ」

 あたしがちょっと凄みを利かせて言う。車はあたしの車、ヴィッツだ。どっちかといえばあたしのほうに分があるはずなのだ。

「はいはい、ごめんなさい」

 壱兄は笑うと、黙ってハンドルを握った。スーツはやめて、サングラス。ブラックのトレーナーにブルージーンズ。後ろに積んである、白いコート。足元には、短めのごついブーツ。とても、教員には見えない。

 だからこそ、壱兄はスーツを好むのかもしれなかった。スーツを着ているときは、仕事に集中できるから。スーツを着ていないときは、ただの『後藤壱哉』に戻れるから。

 もうすぐホテルというときだった。

「じゃあ、ここでいいよ」

 どうせ、こうなると車は壱兄が乗っていってしまうのだろう。あたしはそう言って、車から降りようとする。

「あ、千秋」

 口紅落ちてる、壱兄はそう言ってあたしの口元を指差した。

「だからさっきジュースいらないって言ったじゃん」

 あたしは焦って、バッグから口紅を取り出そうとする。