「ふうん、どこでやんの」

「Kプリンス。それも昨日言った」

 今回はお酒を飲みたくないから車で行く、それもあたしはちゃんと伝えていたはずだった。壱兄があたしの出かけることについてうるさいから。

「で?後藤先生は、例によってスーツ姿で部活指導ですか」

 あからさまに“文化部の顧問です”という恰好は仕方ないと思う。なぜなら壱兄は、吹奏楽部の顧問だから。でもいつも、一分の隙もない教員姿というものに、子どもたちは引かないのだろうか。

 そう聞いてみると、

「別にいいんだよ。数学教師、吹奏楽部顧問。どっかの恋愛シミュレーションとおなじだって、やつらは盛り上がってるから」

 ……知ってる、あたしは。

 実は壱兄が、その恋愛シミュレーションに、男であるはずなのに嵌って教員になり(それでも高校じゃなくて中学校の教員になったのは、“生徒には手を出しません”という、彼なりの誠意のような気がしてしょうがない)、その“彼”と同じようにいつもスーツ姿でいるのを。

「髪の毛、誰にやってもらった」

「え、康兄だけど?」

 弁護士じゃなければ美容師になりたかったという極端な略歴を持つ康兄は、本当に器用だ。

「ちいちゃんの髪はいいなあ。するするで、なめらかで」

 いまだに青い、アクアマリン色のふるい油を使う。別にあたしはいいとも悪いとも言わないけど、康兄にとっては、思い出の品らしいから。

 櫛であたしの髪を何度も梳かしてから、横の髪を分けて、綺麗に結い上げた。結い上げた箇所に、緑色の花びらを持つ、シルバーとホワイトのかんざしを挿す。後ろは流したままだ。生まれついてのストレート。多少飽きも感じてきてはいたが、康兄のおかげで、まるで別人のように生まれ変わる。

「相変わらずだな。康兄も」

 壱兄は自嘲気味にそう言う。その言葉にどんな意味がこめられているのか、私は知らない。