矢車の夢



 平成に帰りたい、とはあまり思わない。帰ったところで兄も居ないし、あんな家にも学校にも戻りたくも無い。幼い子どもの癇癪のようだけど、私にとっては大きな問題だ。それでもここに居るのは、近藤さんの計らいだ。いらない世話だ。きっと三鷹葵の手がかりでも期待しているのだろう。関係ない、というのに。けど、武士に憧れここまで這い上がってきた、という話を聞けば、些か同情心は湧く。一つでも多くの功績を得て、一日一秒でも早く、武士になりたい。そういうのは、暑苦しいけれど、嫌いではない。

「あ、」

 落ち葉の中に埋もれるように、太陽の光を反射して、きらきらしたものが目に入る。落ち葉をどかしてみれば、見覚えのあるストラップ。その先にあるのは、私のケータイだ。長い間、落ち葉と土の下にあったらしいそれは、当然充電も切れているし、傷だらけで、鮮やかだったパールピンクは変色しかけてる。きっとSDも使いものならない。

「ボロボロだし、」

 こんなもの持ち帰ったところで、きっと新撰組の人たちの不信感を買うだけだろう。この時代に、こんな機械は存在しない。それに充電もないケータイは無用の長物と化している。
 地中深く、埋めてしまったほうがいい。誰の目にも触れないように。兄との写真だとか、惜しいデータもあるけれど、でも、今更だ。
 柔らかい土は簡単に掘り返せた。適当な深さまで掘って、ケータイを入れて、土を被せる。すぐに見えなくなったケータイは、私と平成とのつながりが、切れていくようだ。

「…じゃあね」

 無意識に口から出た、誰に向けていったのか分からない、別れの言葉。
 私は一体、本当に、今、何がしたいのだろう。