矢車の夢




「聞いてんのか、オイ!」
「…っ」

 泣きもせず、喚きもしないで、何の反応も示さない私の態度に大方じれったく思ったのだろう。なんて短気な。汚い足が腹を蹴りつける。しかしさすが江戸時代。男の脚力は当然痛いが、ローファー、あるいはブーツやヒールで蹴られたときよりは何倍もマシだ。

「ほんとに得体のしれねえ女だな」
「里も知れねえ女を囲むたあ、組長方も趣味が悪い」

 男達は下品な会話とともにげらげらと笑う。けれど彼らのそんな言葉はとうに耳に入っていなかった。

 ――得体も里もしれない。
 そうだ、その通り。友人関係、恋人関係、家族関係、そんなしがらみ。今の私には一切存在しない。私に縁のある人は、この状況が大掛かりなどっきりでなければ、遠く未来にいる。

 つまり、我慢しなくていいんだ。逃げなくていいんだ。
 身を呈して守る必要なんか、もうない。

 最愛の兄への飛び火を心配する必要なんか、これっぽっちもない。

 そう考えれば、頭の中が沸々と煮えたぎる。目の前の奴らを短気と評したけど、私も大概短気な人間だ。自分よりも格下の人間にいいようにされるのも気に食わない。女、だと軽視するその考え方も気に入らない。
 先ほどの蹴りのせいか、こみ上げてきた胃液を吐き捨てる。

 リンチするなら、まずは相手の人間に逃げられない状況を作らなければならない。今なお自由な手足に笑ってしまう。

「なに笑ってやがんだ、小娘」
「気味悪ィ!」