矢車の夢




 ぱしん、と小気味のいい音とともに、私の手に持っていた木刀が手から離れていった。慣れない、しかも重量感のある得物ではやりづらかった、手を怪我しているから、なんていい訳も出来ないほど、完敗だ。

「…参りました」

 不思議と悔しさはない。清々しいほどの負けっぷりだったからか。
 こんなに強い人と戦ったことは、久しぶりかもしれない。
 えもいわれぬ充実感。

「深山」

 目の前に、随分と真剣な顔をした永倉さんがいた。けれどその目には喜色も見える。

「お前、…隊士にならねえ?」
「…はい?」
「正直、お前の腕なめてた。俺に食らいつける奴なんてそうはいねえ」
「…自信過剰も過ぎれば、痛い目にあいますよ」
「自信過剰じゃねえよ。…なあ、どうだ?ならねえか?それか師範だ」

 次々と重ねられる言葉に、頭の中の処理が追いつかない。
 なんだって、私が隊士?私が師範?

「ち、ちょっと、待ってください」
「おう」
「その、いきなり言われても、意味が分からないんですが」
「あー…隊士っつーのは新撰組の組員のことだ。師範は指導者だ。分かるか?」
「いえ、そのくらいなら分かります。私がそれをしなければならない理由です」

 私が言い放った言葉に、永倉さんは目を瞬かせた。
 そして、しばらく間をおいて、口を開いた。

「そりゃ、お前が強ぇからに決まってんだろ」

 今度は、私が目を瞬かせる番だった。