矢車の夢



 目の前に広がる世界に、嫉妬すら覚える。
 誰もが生きるための目的があって、生きるためには前を向いて。

 身分も差別もあって、電気も水道も無いこの時代だというのに。

 今まさに、崩れかかっている時代に生きているというのに、どうしてこうも今日を真剣に生きているのか。

 こんな何も無い時代に憧れなんて抱かない。こんな不便な時代に生きたいとも、思えない。

 思えない、筈なのに。

「…どうかなさいました?」

 戸口の前で立ち尽くしている私は、さぞかし変な人間に見えただろう。裸足で突っ立て居る姿も、ぼさぼさになった髪も、着崩れている着物も。きっと今にも泣き出しそうな、不細工な顔も。
 こんな変な人間は、無視するのが一番の対処法。関わらないことが処世術。
 ひそひそと、後ろ指を差されて、こそこそ陰口を叩かれるのが、お似合い。

「あら、貴方…。昨夜、沖田はんに連れてこられはった…?」

 それなのに、私に声をかけた女は、口元を上品に隠しながら、こちらを覗き込む。

「大丈夫?風邪は引いてへん?」

 見ず知らずの人間に、どうしてこう、話し掛けられるのか。