「もしかして、自分の意思でここに来たんじゃないの?」
自分の意思であるかどうか。その問にはもちろん、はい、と答えるしかない。
頷けば、男は何か考えるように、黙りこんだ。
居心地の悪い、沈黙だ。
男は身じろぎせず、考え込んだまま。
「…名前」
「え?」
唐突に破られた沈黙に、頭が追いつけずに、何が、と思わず問い返す。
「名前。教えてもらえる?」
「…深山葵、です」
見ず知らずの人間に、名前を告げることに抵抗感は無いとはいえないけれど。
「深山、…やっぱ聞いたこと無いなあ。監察方にでも聞いてみるよ」
「何を、」
「君の出身地?でも新宿も東京も心当たり無いんだよね。名前聞けば、それなりの家柄だったら分かると思ったんだけど、それもさっぱり。見たところ日本人だったから…。もしかして向こうで暮らしていたとか?もしそうだとしたら、幕府に連れて行かなきゃだけど」
「いえ…」
「まあ、もっと西や東…。それこそ琉球や蝦夷のほう何て言われれば、分かんないんだけどね」
男の言葉が、右から左へ流れていく。
ぽつりぽつり、と拾う言葉は、どれも、今では使われていないような地名。
本当に、訳がわからない!
