「おしまいやす。」
 
おかみは障子の前で手をつき、声をかける。

やはり、いつもより少し緊張気味に聞こえる。
マオリもその後ろで正座する。
 
するっと障子を開けて、おかみは中に入った。

「おいでやす、山崎はん。」
 
おかみはいつものように甲高く愛想の良い声で座敷の人物に挨拶した。

「健勝そうやなあ、おかみはん。」
 
障子の影から中の人物が見える。
先ほど番頭が薬屋と言ったとおり、
薬売りの格好をした男が座っているのが見える。

紫色の布を頭に乗せ、傍らには黒塗りの薬箱らしき
大きな箱が置かれている。

「マオリ。」
 
おかみに声をかけられてマオリも座敷に入った。

「自分、マオリか。」
 
山崎と呼ばれた薬売りは細い鋭い目でマオリを見つめた。
マオリは射すくめられて下を向いた。

「俺は新撰組監察方の山崎や。」
 
新撰組、と聞いてマオリははっとした。
新撰組とはあの土方の名乗った組織の名である。
 
おかみがすっと後ろに下がる。

マオリは心細そうにおかみを見送ったが、
おかみはマオリと目を合わせることなく表情を固くしたまま
座敷から出て行った。