料亭有松でマオリはよく働いた。

頼まれることはなんでも引き受けたし、
少しでも手があけば仕事はないかとおかみにたずねた。

「マオリ、少しはゆっくりしなはれ。」
 
おかみは額に汗を浮かべながら
くるくると何人もいる奉公人の誰よりも働くマオリに苦笑し、言った。

「大丈夫です。」
 
マオリはおかみから視線をそらして答えた。

有松に来てから、マオリは少しも笑うことがなかった。
おかみはそれを心配しているようだった。

「そや、お菓子がおますさかいちびっと食べよし。
 もろたもんやけど。」
 
おかみは大きな尻を揺すって、
調理場の戸棚をがさがさと探し出した。
 
一方、マオリにしてみれば、
有松で与えられる仕事は苦痛でもなんでもなかった。

水を汲みに行くにしてもすぐ庭に井戸があったし、
運べと言われるお膳にしてみても、
畑でとれた作物を後ろから見たら作物そのものが歩いているようにしか
見えないほど背負って運び、
重い水桶を肩にかついで何度も往復した村でのことを思えば、
何十往復しても辛くはなかった。