「ちょっとだんなはん、
うちの嫁入り前の娘に手え出してもろては承知しまへんよ。」
おかみは旅客とマオリの間に入った。
マオリを娘と呼ぶおかみは心底嬉しそうにしている。
「冗談だよ、おかみ。勘弁してくれ。」
「さあさ、はよ行きなはれ。
お天道さんが沈んでしまいますやろ。」
おかみが軽く旅客の背中を押すと、
笑いがこぼれた。
マオリも照れくささが隠せずに
うつむきがちに頬を染めて笑った。
何度も振り向いて手を上げる旅客を、
マオリはおかみと並んで見送った。
ふと、おかみの口元が固まった。
それに気づいてマオリはおかみを見上げる。
「土方はんが、蝦夷で亡くならはったそうや。」
人々が往来する通りから声を潜めるように言った。
マオリは通りをまっすぐ見つめたままのおかみから視線をはずした。
旅客が去っていった遠くをおかみと共に見つめる。
「あの人は、最期まで戦っていたんですね。」
マオリも声を低くしてつぶやいた。
遠く海の上をはぐれ鳥が飛んでいく。
高く弧を描いて旋回すると、まっすぐ飛んで行った。
明治二年であった。
うちの嫁入り前の娘に手え出してもろては承知しまへんよ。」
おかみは旅客とマオリの間に入った。
マオリを娘と呼ぶおかみは心底嬉しそうにしている。
「冗談だよ、おかみ。勘弁してくれ。」
「さあさ、はよ行きなはれ。
お天道さんが沈んでしまいますやろ。」
おかみが軽く旅客の背中を押すと、
笑いがこぼれた。
マオリも照れくささが隠せずに
うつむきがちに頬を染めて笑った。
何度も振り向いて手を上げる旅客を、
マオリはおかみと並んで見送った。
ふと、おかみの口元が固まった。
それに気づいてマオリはおかみを見上げる。
「土方はんが、蝦夷で亡くならはったそうや。」
人々が往来する通りから声を潜めるように言った。
マオリは通りをまっすぐ見つめたままのおかみから視線をはずした。
旅客が去っていった遠くをおかみと共に見つめる。
「あの人は、最期まで戦っていたんですね。」
マオリも声を低くしてつぶやいた。
遠く海の上をはぐれ鳥が飛んでいく。
高く弧を描いて旋回すると、まっすぐ飛んで行った。
明治二年であった。

