フクロウの声

それからさらに一年が経つ。
 
時代は明治と呼ばれるようになった。
 
京の店を畳んだ有松の夫婦は、
主人の親戚を頼りに身を寄せた小田原で宿屋を始めた。
 
春が過ぎ去って、
連なる山々は日に日にその緑色を濃くしていく。
 
京女のおかみは商い上手で人当たりも良い。
旅人を迎え入れては送り出す宿屋で、
おかみの威勢の良い張りのある声が響く。

「おおきにー、また来ておくれやす。」
 
紺地に白く有松と染め抜かれたのれんから、
おかみが出てきて客に挨拶をした。
 
店の外で水を撒いていたマオリもその手を止めた。
黒々とした髪をきっちりと結い上げ、
まるい額が愛嬌を感じさせる。

「お嬢さん、世話になったね。」

 客がマオリに声をかけた。

「ありがとうございます。これから江戸ですか?」
 
マオリは笑顔で旅客に挨拶をする。
年頃の娘らしい微笑みを向けることができるようになったマオリを見て、
後ろでおかみは眉尻をさげる。

「ああ、お嬢さんに江戸土産持って帰りにまた寄るよ。」

「あら、ありがとうございます。」
 
マオリは旅客の軽口に手で口元を隠し笑って答える。