マオリは走った。
息を切らせて坂道を降りていく。
下り坂に足がもつれる。
 
朝、マオリは土方に伝令を命じられた。
ところが、伝令を伝えに向かった場所には誰もいなかった。
嫌な予感がし、慌てて野営へ引き返すと、
そこはもぬけのからだった。
 
そうして、マオリは走っているのだ。
 
あわれなマオリ。
 
おれは近頃めっきりマオリに呼ばれなくなった。
それもこれもあの沖田のせいである。
 
マオリ自身はまったく意識していないようであるが、
あいつは沖田に恋わずらっている。

沖田の代わりとなって戦うことを誓って土方のもとに戻ってからは、
おれが力を貸すことが少なくなっていった。

おれの授けた刀で戦っているわけだから、
まったく影響していないとも言えないが、自ら戦っていることは確かだ。
 
鬼神とも、死神とも呼ばれるマオリの戦いぶりは、
おれから見ても十分にそれと言えた。
 
家族を焼かれて村を追われ、
一人泣きながら死のうとしていたマオリはもういない。
 
それだというのに、連中がマオリにした仕打ちに
おれは納得がいかなかった。
腹の底からぶるりと怒りが湧き起こる。

 
マオリは坂道を下りきって港へついた。
 
ちょうど、沖田や土方らの乗った軍艦が江戸へと発つところであった。
 
碧い海へと動き出した船を、
肩で息をしながらマオリは見上げた。
船上に隊士たちの姿が見える。

「どうして・・・。」
 
マオリはつぶやいた。

「どうして・・・。」
 
何か船へ向かって叫ぼうとするが、
何も言葉が出てこない。
船はマオリを置いて進んでいく。